ホンネ:研究補助の派遣社員の皆様、いつもありがとう。

企業で研究をしていると、いつも本当に思っているのです。

派遣さん、ありがとう

派遣さん、ホントに助かる

派遣さん、私が気付かないところも気にしてくれてありがとう

 

企業の研究所、特に実験や作業に関する業務が多い研究所では、多くの派遣社員の皆様が一緒に働いています。

しかし、オフィスなどで働く派遣社員とは異なり、「実験や作業など、研究補助業務時従事する」という目的で派遣されており、実際に実験や作業をする業務を任されています。

主に以下のような仕事をします。

・派遣先の社員の指示のもと、実験や作業を実施し、結果を社員へ提出する。

・実験にかかわる周辺業務(物品の整理、在庫の確認など、簡単な清掃)を担当していることもある。

 

詳細は後述しますが、この派遣社員のおかげで企業の研究所は回っているといっても過言ではありません。

特に、実際に派遣社員に業務を支えてもらっている立場になると、そのありがたさを日々感じるはずです。

 

そこでこの記事では、以下の3点についてお伝えします。

・研究補助の派遣社員の皆様がどのようなことをしているか、なぜ求められているのか。

・どのような派遣社員の行動にありがたさを感じるか(個人的見解)。

・研究補助派遣社員になる方法、正社員登用の可能性。

ホンネ:研究補助の派遣社員の皆様、いつもありがとう。

企業の研究所では、研究補助の派遣社員がいないと回らない。

この記事のイントロを読んだ中で、こう思った方がいるかもしれません。

え?実験とかって社員がするんじゃないの?

もちろん、社員が実験することも多々ありますよ(というか、メインは社員が多いです)。

 

ところがですね、しかし実際に研究所などで働くとよくわかるのですが、

実験や作業の量が、とても社員だけでこなしきれるレベルではありません。

はっきり言って、猫の手も借りたいぐらい忙しい。

加えて、アカデミアなどと異なり、企業の社員は労働時間の管理が厳しいです。どれだけ自分で実験や作業をしたいと思っていても、労働時間の制約がそれを許してくれません。

 

そこで、「実験や作業をやってくれる人がもっと欲しい」となり、派遣社員の力を借りています。

 

とはいえ派遣社員ですので、研究プロジェクトを丸投げしたり、実験計画を考えてもらうことは稀です。

(このレベルの業務を依頼する派遣社員もゼロではないですが非常に少なく、仮にその場合も事前に契約の段階で合意されていることが多いです)

「イチから実験系をすべて考えてね」とか「実験結果を解釈してね」とか「報告書全部書いてね」といったことはお願いできません。

 

そのため実態としては、以下のような運用が多いと思われます。

①社員が実験系や作業方法を構築し、派遣社員にやり方を教える。

②派遣社員は教えられた方法にのっとり、社員から指示される実験・作業を実施する。

③結果を社員に報告し、状況報告や簡単な意見交換(作業改善につながる提案など)を実施する。

 

ここからは私個人の感覚ですが、特にルーチンワーク化している実験や作業については、派遣社員に業務をお願いすることが多いかもしれません。例えば、

・毎日サンプルが届き、毎日測定して結果を返却する作業。

・何千もの添加サンプルを用いて、同じ細胞試験を実施して結果を比較する(実施に長期間を要する)。

・ほとんど同じ方法を繰り返すが、毎回微妙に方法が変わる実験(社員と相談しながら遂行)。

 

ルーチンワーク化している作業を派遣社員にお願いし、社員はもっと難しい仕事やクリエイティブな仕事に集中できるようにする。

このような形で運用していることが多い印象です。

 

以上のように、企業の研究所では派遣社員にも実際の実験・作業を数多く遂行してもらっています。

もはや、派遣社員の協力なしでは企業の研究所は回らないといっても過言ではないと思います。

 

派遣社員の業務は、派遣前に契約で決められていることが多い。

多くの場合、派遣社員は派遣先の会社と実施内容に合意したうえで、その業務を遂行します。

そのため、基本的には依頼している業務内容以外は派遣社員にはお願いできません。

 

たまに、派遣先企業の社員でも勘違いされている方がいますが、派遣社員は雑用係ではありません。

会社と合意した内容を遂行することが、派遣社員には求められています。

もし社員の手の届かない業務を拾ってくれると、なおうれしい。

派遣社員は契約時点で依頼した内容の遂行に集中してもらう」という前提は私も遵守しています。

一方で、派遣社員と派遣先企業の社員では立場が違うとはいえ、同じ職場で業務を遂行しているわけであり、ある意味同僚です。

そのため、仕事がうまく進められるかは「社員と派遣社員の信頼関係」にかかっています。

私のような社員の立場としては、派遣社員の方がどのような契約で来てくれているかを把握したうえで、適切な指示・指導を与えながら、同時に派遣社員の考えや意見を適切に考慮することが重要です。

一方で派遣社員としては、自身契約範囲は守りつつも、指示をくれる社員の状況などの様子も見ながら、今すべきことを適切に把握して業務を進めてもらうことが重要です。

 

ここからは派遣先社員である私の考えになりますが、

社員が気付いていないことに気づいて、対応したり声がけしてくれる派遣社員さん、ホントに助かる

といつも思っています。

例えば、私が業務管理してきたこれまでの派遣社員の皆様は、以下のような対応もよく進めてくれました

・「実験消耗品が少なくなってきたので、購入お願いします」と声をかけてくれる。

・「いつも使っている測定機器ですが、そろそろメンテナンス時期じゃないですか?」と忘れがちな情報をインプットしてくれる。

・「社員さん明日14時から会議ですよね、その時間私空いているので、社員さんの実験引き継ぎます。前に方法教えてもらったやつですよね?」という提案をくれる。

 

確かに、消耗品の管理や社員の業務サポートは、契約上は派遣社員の業務ではありません。

しかし、社員の手が届かない業務を拾い、社員や部署全体の業務遂行をサポートしてくれる派遣社員の方は、本当に重宝します。

もちろん、契約内容を把握したうえではなりますが、逸脱しない範囲でいろいろ気にかけてくれると、社員としては非常にありがたいです。

研究補助の派遣社員から、正社員に登用されるケースもある

企業の研究所には、研究補助を目的とする派遣社員の皆様が多くいらっしゃいます。

通常、派遣社員は会社から与えられた研究補助業務をこなすことに従事します。

 

しかし、その業務遂行状況や業務に対する姿勢において高い評価を得られると、

この人優秀だから、正社員に登用できないか?

という話題が出ることもあります。

もし、研究補助でよいから研究開発に携わり続けたい、

もしくは研究補助を皮切りに研究職への転身を目指したいのであれば、

研究補助として派遣先で高い評価を受けるように努力することで、

研究補助としての正社員登用、そしてその先の研究職として研究をリードする立場を勝ち取ることになります。

 

研究・補助に特化した派遣会社がある

もし研究職に憧れがあったが、現在全く違う業務に従事している。

あるいは、研究補助業務に携わりたいという希望がある方は、

まずは研究領域に強い派遣社員として登録し、研究補助業務に携わりながら研究職を目指す道もゼロではありません。

研究領域に強い派遣社員に登録したい方は、以下のワールドインテックRAさんなどのサイトをぜひご覧ください。

 「理系出身者歓迎!研究職ならワールドインテックRA」
 

終わりに

・企業の研究所では、研究補助の派遣社員がいないと回らない。

・派遣社員の業務遂行力が、研究プロジェクトの推進を支えている。

・もし社員の手の届かない業務を拾ってくれると、なおうれしい。

・派遣先の評価次第では、正社員登用の話題も出る。

・研究やその補助に特化した派遣会社がある。

 

重要なことなので何回も書きますが、

企業の研究所は、派遣社員のおかげで成り立っているといっても過言ではありません。

研究職の私は、日々派遣社員の皆様に感謝しながら業務を進めています。

もし、企業の研究所などで研究に携わってみたい方は、以下のワールドインテックRAなどの派遣会社へ登録してみることをご検討ください。

 「理系出身者歓迎!研究職ならワールドインテックRA」




統計が苦手な研究者へ!統計大嫌いだった企業研究者からのお勧め本

こんにちは、食品メーカーで研究職をしている「とうや」と言います。

このページをご覧の皆さん、おそらく多分に漏れず統計が苦手で、何とかしてくれる情報をあれこれ探しているのではないでしょうか?

 

この記事では、統計が苦手だった私が少しずつ苦手意識を克服するのに役立った、1冊の本を紹介します。

統計大嫌いだった企業研究者からのお勧め本

結論から行きましょう、ズバリこちらの本です↓

基礎から学ぶ統計学

基礎から学ぶ統計学 中原 治 (著)

「統計学を理解したい」と真面目に考える人へ.統計がわからない. . .と挫折したことがある人へ.
10年を越える学生との試行錯誤が生んだ,学部を問わない“統計学の基礎”が身につく,新しい入門書.




2024年7月24日:最近の食物繊維論文で面白かった4報

この記事では、直近で出版された食物繊維に関す論文で、個人的に面白かった3報を紹介します。

※本ブログは、直近半年以内程度で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月24日:最近の食物繊維論文で面白かった4報

食物繊維の摂取が満腹感につながるメカニズム Science Translational Medicine誌

まず1つ目は、食物繊維が豊富な食事をとることで満腹感が得られるメカニズムを解明した論文。

タイトルは

Diet shapes the metabolite profile in the intact human ileum, which affects PYY release

https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.adm8132

  

この研究は「食物繊維が食用を抑制するメカニズム、全然わかってないじゃん!」ということに着目し、実際に高繊維食と低繊維食をヒトに摂取してもらる介入試験(クロスオーバー試験)をデザインし、食欲調節や満腹感のメカニズムに迫っています。

 

この研究はそのやり方がすごくて、被験者は食品介入を受けている4日間、鼻からチューブを入れられた状態で過ごし、高繊維食もしくは低繊維食を摂取した後に継時的に小腸内容物を鼻から通したチューブを介して採取されています。

そして採取されたサンプルに含まれる栄養素・代謝物・ヒト由来のホルモンなどを分析し、満腹感とつながるメカニズムを調べています。

研究の結果、高繊維食の摂取した群では、回腸(小腸の一部分)で採取された内容物では、食欲抑制作用を示すペプチドホルモンであるpeptide YY (PYY)が多量に分泌されいることを確認し、これが食欲抑制(=満腹感)につながっていることを特定しています。

そしてその理由として、食品の消化で生じたアミノ酸類がL細胞からのPYY分泌にかかわっていることを明らかにしています。

水溶性食物繊維がアルコール性肝疾患を軽減するメカニズム Cell Host & Microbe誌

2本目は、水溶性食物繊維の摂取がアルコール性肝疾患を軽減することを、動物試験で確認した論文。

タイトルは、

Dietary fiber alleviates alcoholic liver injury via Bacteroides acidifaciens and subsequent ammonia detoxification

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1931312824002269?via%3Dihub

NASHをはじめとする肝疾患に対する、腸内細菌叢やその代謝物の関連は研究がたくさん出てきています。

その一方で、アルコール性肝疾患に対する関連は相対的に研究が少なかったとのこと。

この研究では、他の肝疾患と同様に、食物繊維の摂取量を増やすことでアルコール性肝疾患の症状を予防・軽減できる可能性があるのではないかと仮説を立て、動物試験を通して有効性とそのメカニズムを調べています。

その結果、

水溶性食物繊維を食べさせたアルコール性肝疾患マウスでは症状が軽減されたこと

腸内細菌叢を調べたところ、Bacteroides acidifaciensの増加が確認されたこと

腸管代謝物を見ると脱抱合胆汁酸が増えており、これが肝臓オルニチンアミノトランスフェラーゼ発現を高めてアンモニアの解毒を促していること

を明らかにしています。

ちょっと気になるのが、与えた食物繊維の情報がすぐに見つけられなかったことです。

見つけられた人がいましたら是非教えてください。

腸内細菌叢でのトリプトファン代謝を食物繊維で制御する Nature Microbiology誌

3本目は、食物繊維摂取により腸内細菌叢でのトリプトファン代謝動態が変わり、有益な代謝物が増えることを示した論文。

タイトルは

Dietary fibre directs microbial tryptophan metabolism via metabolic interactions in the gut microbiota

https://www.nature.com/articles/s41564-024-01737-3

 

トリプトファンが腸内細菌によって様々なインドール性代謝物(インドール乳酸、インドール酢酸、など)に変換され、宿主の健康維持などに貢献しているという論文はここ数年一気に増えています。

一方で、慢性腎臓病に関わるといわれているインドールもトリプトファンの腸内細菌代謝物であり、トリプトファン代謝物すべてが宿主にとっていいものというわけでもありません。

そのため、「宿主に有益なトリプトファン代謝物が多く作られる腸内細菌叢の特徴とそれに近づく方法」が明らかにされる必要があり、この論文ではその解明に取り組んでいます。

この論文で面白かったのは、

「トリプトファン代謝物のプロファイルは、酵素を持つ細菌の組成ではなく、酵素を持つ細菌の遺伝子発現調節が行われることで変化する」

という点です。

すなわち、トリプトファンは異なる代謝遺伝子を持つ細菌が中間体を受け渡しながら代謝されており、その代謝動態は細菌の代謝酵素の遺伝子発現によって制御されている、ということを明らかにしています。

そしてこの論文では、食物繊維を適切に摂取することにより、トリプトファン代謝遺伝子を持つ細菌の遺伝子発現変動が誘導され、細菌叢全体として有益なトリプトファン代謝物が作られるようになる、と結論付けています。

一般的に細菌の存在割合で議論される腸内細菌叢と代謝物の関連ですが、今後の研究では細菌の遺伝子発現を制御する因子の影響まで考慮する必要が出てくるかもしれません。

食物繊維やプロバイオ摂取による、短鎖脂肪酸産生を予測する Nature Microbology誌

4本目は、食物繊維やプロバイオテクスを摂取した際に、腸内で作られる酢酸、プロピオン酸、酪酸などの腸内細菌由来短鎖脂肪酸の特徴を、一人一人予測できるモデルを開発したという論文。

タイトルは

Microbial community-scale metabolic modelling predicts personalized short-chain fatty acid production profiles in the human gut

https://www.nature.com/articles/s41564-024-01728-4

 

短鎖脂肪酸は言わずと知れた腸内細菌由来代謝物群の代表格で、大腸上皮細胞のエネルギー源として使われるだけでなく、免疫細胞の分化や機能変化、迷走神経を介した脳へのシグナル伝達、エネルギー代謝制御など、様々な場面で活躍している代謝物です。

しかし、腸内細菌叢が主に産生しているため、短鎖脂肪酸の分泌プロファイルについては個人の細菌叢組成に依存しており個人差が大きく、正確に予測するのは困難であったようです。

この論文では、事前に細菌の系統樹や遺伝子情報を整理した「MCMM」というモデルを構築し、そこに糞便細菌叢解析や糞便培養ex vivo実験から得られた細菌叢データと代謝物データを追加することで、短鎖脂肪酸を予測できるモデルの構築に成功しているようです。

しかもこの論文はこのモデルを使い、食物繊維やビフィズス菌などのプレバイオテクスやプロバイオテクスを摂取した際に、一人一人の短鎖脂肪酸産生がどのように変化するかを予測することにも成功しています。

実際にヒトにプレ/プロバイオを摂取してもらった介入試験の結果を使用して、モデルの精度や有用性を確認しています。

この論文はいわゆる「個別化栄養」を実装した論文です。現在一部アカデミアや食品メーカーなどが個別化栄養の実現などに取り組んでいますが、本論文のような先行事例から学ぶことは多いのかもしれません。

終わりに

今回は、食物繊維に関連する論文で、最近個人的に面白かった4報を紹介しました。

食物繊維が健康に大きく関わっていることはだいぶ広く知られてきている一方で、腸内細菌叢とのかかわりや繊維形態そのものが持つ機能についてはかなりディープな世界があるように感じられます。

食品メーカー研究員としても、食物繊維に関する最新の動向は追いかけていきたいと思います。

 

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2024年7月19日:肥満を促進する腸内細菌が見つかった?など最新論文4報

この記事では2024年7月上旬~中旬に出版された最新論文を4報紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月19日:最新論文4報

肥満を促進する腸内細菌が見つかった? Cell Host & Microbe誌

腸管での脂質の吸収を促進し、肥満を誘導する腸内細菌Megamonas rupellensisを発見したという論文。

タイトルは

Obesity-enriched gut microbe degrades myo-inositol and promotes lipid absorption

https://www.cell.com/cell-host-microbe/abstract/S1931-3128(24)00230-0

 

腸内細菌がヒトの健康に良くも悪くも様々な影響を与えることは広く知られてきていますが、現在でも菌ごとの機能や宿主への影響を丁寧に調べている研究が毎日のように出てきています。

この中国の研究では、肥満・インスリン抵抗性を持つ人とそうでない人の間に腸内細菌叢の違いがあることをショットガンメタゲノム解析で丁寧に調べ、その候補として挙がった菌種「Megamonas rupellensis」が肥満を促進する作用があることを明らかにしています。

Megamonas rupellensisの機能を調べていくと、高脂血症の治療などにも使われていたミオイノシトールという糖アルコール成分を腸管内で分解してしまう遺伝子があることが分かり、ミオイノシトール減少により腸管での脂肪吸収が亢進され、肥満につながっていくことを明らかにしています。

授乳中の母親の骨を守る新しいホルモン Nature誌

産後授乳中の母親は骨量が低下する傾向があるが、実は授乳期においてのみ、骨量低下を食い止める特殊なホルモンが脳から分泌されていることを明らかにした論文。

タイトルは

A maternal brain hormone that builds bone

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07634-3

授乳中の母親は、母乳にたくさんのカルシウムを供給するために骨の分解が進んでいるそうです。授乳期以外は骨破壊に対しては女性ホルモンのエストロゲンがその作用をブロックしているのですが、授乳期はエストロゲンレベルも急降下しており、エストロゲンによる骨分解阻止がうまく機能していないそうです。

このような背景が知られている中で、この研究グループは「エストロゲン以外にも骨破壊を食い止める生理活性物質などが存在するはずだ」という仮説を立て、研究をスタートしています。

まず、骨形成に関する何らかの因子が血中を巡回している可能性を先行研究から推察し、マウスを用いて骨同化にかかわるホルモンを探索し、cellular communication network factor 3 (CCN3)がその候補であることを発見します。

その後、このCCN3が骨格幹細胞を活性化させることや、マウスの骨折からの回復を早める作用があることを明らかにしています。

このホルモンは脳の弓状核から分泌されているそうです。

このホルモン、骨形成過程が大切な疾患などに対する治療に使える可能性など、さまざまなポテンシャルを秘めているかもしれません。

地中海食によるガン発症リスク低下を媒介する血中代謝物 Nature Communications誌

地中海食の遵守がガン発症リスクを低下と関連することを示し、リスク低下に関連する血液代謝物を探索してその影響の大きさを調べた論文。

タイトルは、

Effects of diets on risks of cancer and the mediating role of metabolites

https://www.nature.com/articles/s41467-024-50258-4

この論文のイントロによると、食生活とガン発症の関連を調べている研究は実はあまり多くなく、健康な食生活として知られている地中海食であってもエビデンスがほとんどなかったそうです。

またこの研究者たちは、健康への影響という点で食事は入り口であり、食べた後に体内の状態が何かしら変化することで健康に影響すること、すなわち体内代謝物の変動を捉えたうえで食事と健康アウトカムの関連を調べることがじゅうようである、と考えているようです。

この研究ではまず、UKバイオバンクのデータをもとに地中海食の遵守や質を反映するスコアがガン発症リスクが負の関連を示すことを確認し、その後被験者の血液代謝物データから上記の関連と結びつきが示唆される代謝物をピックアップしています。

さらにここで終わらず、抽出された代謝物を媒介因子とした媒介分析を行い、その代謝物が地中海食「スコア⇒ガンリスク低下」をどのくらい媒介しているかを評価しています。

解析の結果、コリン、オメガ3脂肪酸、グルコース、チロシン、クエン酸など約10種がピックアップされ、なかでもオメガ3脂肪酸がかなりの割合を媒介している可能性を明らかにしています。

ヒトにおいてもオメガ3脂肪酸がどのくらいガン発症低下に貢献しているのか、今後の研究が楽しみです。

非侵襲の光センサーで体内カロテノイド量を予想する International Journal of Obesity誌

皮膚に当てるだけで体内のカロテノイド濃度を予想できるデバイスを使い、カロテノイド量とメタボリックシンドロームの関連を評価した日本のコホート研究。

タイトルは

Skin carotenoid scores and metabolic syndrome in a general Japanese population: the Hisayama study

https://www.nature.com/articles/s41366-024-01575-7

この光センサー、カゴメさんが使用している「ベジチェック」というツールです。

このツールは皮膚に当てるだけで体内のカロテノイド(≒野菜の摂取量)を推定するというコンセプトで作られています。先行研究で実際に血中カロテノイド濃度とこのセンサーの値の一定の正相関が報告されており、現在このツールを使った研究をあちこちで行っているようです。

この研究は、日本でも有数のコホートの一つ、久山町コホートでの研究です。

40歳以上の男女約1600人を対象に調査を行い、ベジチェックでの測定スコア(≒体内カロテノイド濃度)とメタボリックシンドローム罹患歴の関連を調べている研究です。

結果として、カロテノイドスコアが最も高い四分位集団において、最も低い集団と比べてメタボリックシンドローム有無に対するオッズ比が低かったという報告をしています。

解釈としては、カロテノイドスコアというよりも野菜の摂取と捉えるのがいいのかなと思われます。

終わりに

今回はいかがだったでしょうか。

腸内細菌による肥満や代謝性疾患との関連は多数研究がある中で、肥満促進にここまで強く働く細菌はあまり見たことがなく、とても新鮮でした。

また、エストロゲンが下がってしまうという授乳期特有の減少に対してもちゃんとリカバリー策が用意されているヒトの体の仕組みにも、神秘的なものを感じてしまいました。

 

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2024年7月17日:腸内細菌と概日リズムの関わりを示した論文3報

この記事では、直近半年程度の間で出版された「腸内細菌と概日リズム」に関する論文を紹介します。

腸内細菌がヒトの健康に強く関わっていることは広く知られていますが、概日リズムの観点でも関連があることが分かってきています。

さらに、実はヒトと同様に腸内細菌も概日リズムを刻んでおり、リズムによって機能が変化し、宿主にも影響を与えている可能性が報告され始めています。

2024年でもいくつか面白い文献を見つけましたので、ここで紹介します。

 

※本ブログは、直近半年以内程度で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月17日:腸内細菌と概日リズムの関わりを示した論文3報

腸内細菌が概日リズムを刻み、トリプトファン代謝も連動する Cell Reports誌

まず1つ目は、腸内細菌叢のトリプトファン代謝が概日リズムを刻んでいることを示した動物試験の論文。

タイトルは

The microbiota drives diurnal rhythms in tryptophan metabolism in the stressed gut

https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(24)00407-8

  

この論文の研究課題は、急性の強いストレスをヒトやマウスが受けた際に、脳腸相関の観点から、腸や腸内細菌にも悪影響が及ぶのではないか?というところに設定されています。

イントロを読むと、先行研究において概日リズムを刻む腸内細菌の存在が示唆されていたこと、腸内細菌由来のトリプトファン代謝物が宿主のストレス応答と関連していること、という2点に着目し、

急性ストレスをマウスに与えることで腸内細菌の概日リズムが乱れ、トリプトファン代謝の変動を介して宿主のストレス応答に影響しているのではないか?と仮説を立てて調べています。

 

実際に調べた結果、この仮説が成り立つことを示しており、

・通常マウスに急性ストレスを与えることで、腸管内の微生物によるトリプトファン代謝が変動すること。

・ストレスにより変動した腸内細菌の多くが、トリプトファン代謝遺伝子を持っていること。

・腸内細菌由来トリプトファン代謝物の供給リズムが変わり、宿主側のトリプトファン代謝物濃度や腸管バリア破綻も関わること。

などが報告されています。

乳児の腸内細菌叢に概日リズムがある Cell Host & Microbe誌

2つ目の論文は、乳児の腸内細菌叢と糞便代謝物に概日リズムがあり、リズムで変動すると細菌がいることを明らかにした研究。。

タイトルは

Diurnal rhythmicity of infant fecal microbiota and metabolites: A randomized controlled interventional trial with infant formula

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1931312824000581

 

こちらの論文は、大人ではなく乳児の腸内細菌叢に関する研究です。

乳児(0-1歳)の間は腸内細菌叢の変動が激しく、しかもその推移は母乳や離乳食の影響を強く受けています。

特に母乳を飲んでいる間は、母乳特有のオリゴ糖によってビフィズス菌が非常に増えることが知られており、その後母乳をやめることで少しずつ大人の菌叢に近づいていくそうです。

この研究はもともと、乳児に対する「母乳」or「人工乳」or「人工乳±オリゴ糖orビフィズス菌製剤」という介入を行った際に、腸内細菌叢の推移にどのような変化があるかを観察するデザインになっています。

結果として、母乳と人工乳では大きな差があること、人工乳にビフィズス菌製剤を入れることでビフィズス菌が良く増えることを報告しています。

そしてそのサブ解析として、乳児菌叢の多様性が昼夜で優位に異なっていること、細菌の中に概日リズムを刻んでいる細菌(VeillonellaBacteroides 、BifidobacteriumStreptococcus、およびClostridium)がいることを発見しています。母乳群以外の人工乳群間で比べると、ビフィズス菌を追加配合した群でリズム菌のOTU数が最も多かったそうです。

また、これらの菌の中はin vitroで培養しても概日リズムを刻んでいるものがいるようで、細菌特有のリズムが刻み込まれていることが示唆されています。

宿主の概日リズムの乱れが腸内細菌叢に影響し、ガン転移につながる Cell Metabolism誌

3本目の論文は、宿主側の概日リズムの乱れが腸内細菌叢に影響し、再度宿主側の健康に影響するパターン。

タイトルは、

Dysfunctional circadian clock accelerates cancer metastasis by intestinal microbiota triggering accumulation of myeloid-derived suppressor cells

https://www.cell.com/cell-metabolism/abstract/S1550-4131(24)00172-4

 

こちらの論文は先ほどの2つとは異なり、宿主側の概日リズムが乱れることによって腸内細菌叢の代謝などが変動し、代謝物組成が変わることで結果として宿主にも影響があるよ、というロジックになっています。

論文のストーリーとしては、近年概日リズムがガン免疫の有効性にかかわるという報告がある中で、この論文では「がんの転移」にも概日リズムが影響しており、そのメカニズムの一端が腸内細菌にあるよ、という流れになっています。

 

まず大腸ガン患者のデータを確認し、ガンの転移状況が概日リズムの乱れにより影響を受けていることを確認し、同じように免疫関連細胞の単球や顆粒球も変動していることを見つけます。

その後この現象を動物試験にて確認し、概日リズムの乱れがMDSCのガン組織への集積、機能不全CD8T細胞の蓄積などを引き起こしていることを発見します。そして、MDSCがどのようにガン組織へ集積しているかを調べるメカニズム研究に移行します。

その結果、腸内細菌叢由来代謝物が宿主概日リズムの乱れと関連していることを発見し、胆汁酸代謝物の一つであるタウロコール酸がMDSCの蓄積を誘導してガン組織での免疫機能不全を引き起こし、ガン転移を促しているということを明らかにしています。

終わりに

今回は、腸内細菌と概日リズムの関連を報告した論文を3報紹介しました。

宿主側の概日リズムの乱れが腸内細菌叢に影響するパターンと、腸内細菌自身の概日リズムが宿主の健康に関わっているパターン、2パターンの論文がありました。

特に、腸内細菌が概日リズムを刻むことについては、まだ研究が出始めたころのように感じます。今後面白い論文が続々と出てくることが期待されます。

 

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食品企業研究者の私が、食品介入RCT論文を読むときの頭の中

こんにちは、食品メーカーで研究員をしている「とうや」と申します。

今回は、「食品企業研究者の私が、食品介入RCT論文を読むときの頭の中」というタイトルにしました。

 

食品メーカー各社がさまざまな健康食品を販売していますが、その裏では、食品による健康機能性についてエビデンス取得を目指してヒトRCTがたくさん行われています。当然試験計画や運営には食品会社の研究者も参加しており、彼らは普段からさまざまなRCT論文に目を通して研究デザインの参考としています。

また私は、RCTはヒトが何かを食べた際に起こる変化などがまとめられているので、食品・栄養の最新知見を得るという目的としても、RCT論文はよく読みますね。

一方で、私が食品介入RCT論文を読む際、論文に書かれていることを理解するだけでなく、食品会社での業務や背景知識と結び付けていろいろなことを考えます。この思考の癖は食品会社にいることで身に付いたものなので、他の業界やアカデミアのヒトとは違う目線が多分に含まれているのではないかと思います。

そこで今回は、「食品企業研究者の私が、食品介入RCT論文を読むときの頭の中」という内容にしました。

私がヒト介入RCTを読む際にどんなことを考えているか、この後紹介する参考論文を読んだ際にイメージしたことを例に示しながら紹介していきます。

※本ブログに記載されている内容は、著者の個人的見解です。

食品企業研究者の私が、食品介入RCT論文を読むときの頭の中

前提(私の基本スタンス)

まず最初に、論文に目を通す際の私の基本スタンスを記載しておきます。

是非はあると思いますが、いったんここは受け入れていただけると助かります。

「この論文の結果は一つの学説である」くらいの認識でとらえる。

「読む論文に書かれていることが真実だ、この世のすべてだ!」というのはあまりにも踏み込みすぎた読み方だと思います(さすがにこういう人はほとんどいないと思いますが)。

科学は多くの研究・学説が積み重ねながら真実に近づいていくものです。

私はこの前提の下で論文を読んでいるため、「ふーん、この研究ではこういうことが分かったのね、覚えておこう」くらいのスタンスで内容を理解していることが多いです。

批判的な視点はほどほどにしておく。

「論文は批判的に読むもの」という考え方は広く浸透しており、基本的に私も近い考えです。

一方で「批判的に論文を読んで、論理の矛盾や研究の不備などを見つける」という視点は、私はあまり強く持ちすぎないようにしています。 

参考情報を集めることお優先するという私なりの理由もあり、批判的目線はほどほどに抑えています

自分の参考になるところはないか?という目線を常に持つ。

情報収集を目的に論文を読むわけですから、「自分の仕事・研究に参考になる情報をゲットしよう」というモチベーションはかなり強いです。

最後におことわり

この後のセクションでは、論文を読む際の私の着眼点を紹介していますが、もちろんこれ以外のパートもしっかり読んでいます。

この後紹介する着眼点の中に、「統計解析」「Result」といった記載がありませんが、これらのパートを軽視しているわけではないということを、改めてお伝えしておきます。

今回の参考論文

この記事では私の思考をいくつか例示しますが、その内容は以下の論文読んで考えたことを記載しています。

こちらは韓国で行われたサプリメント摂取のRCTで、テアニンとラクチウム(乳タンパクの加水分解物)を含むサプリメントの摂取が大人の睡眠課題の改善に有効であるかを調べた論文で、2024年6月にFrontiers in Nutrition誌で公開されたものです。この論文の内容に関して、利益相反はありません。

https://www.frontiersin.org/journals/nutrition/articles/10.3389/fnut.2024.1419978/full

着眼点①:このRCTの結果をもとに、次に何ができるのかを想像する。

まず何より気になるのが、「このRCTの結果をもとに、次に何ができるのか」という点です。

私が論文を読む際、まず最初にtitleとAbstractに目を通して、方法、結果、簡単な考察をつかみます。この段階で私の頭の中では、「この結果が仮に真実だとしたら、次は何を調べる必要があるかな?」ということを想像しています。

そして、以降のセクションを順番に読み、情報を肉付けしていきます。

ただ、次に何ができるかについてはDiscussionやLimitationに著者の意見が書かれていることがあるので、MethodやResultよりも先に目を通してしまうこともあります。

 

参考論文を読んだ際に、私がイメージしたことをいかに例示してみます。

この研究、サプリメント摂取によって(自己申告の)睡眠時間や睡眠の質の改善がみられたと書いてある。韓国の研究だから日本人も人種的な特徴は近いし、有効性の観点では、日本でこの設計のまま販売するという考え方もなくはないかも。ただ、この試験しか報告がないから、基本的には追試験するのが無難だろう。

睡眠改善を訴求する商品は日本にすでにたくさんあるけど、この状況でこの設計の商品を上市して戦える余地はあるだろうか?価格面がネックになるなら、有効成分の配合を少し調整した改良品で試験するという考え方もありそう。」

このサプリメントはすでに韓国で一般向けに販売されているみたい。日本でも売られているのだろうか?。販売などに関して、日本での特許などはどうなっているのか調べてみてもいいかもしれない。

 

RCTで得られた結果は、次にどのような展開を経れば実用化につながる可能性があるか。私はこの視点を第一に持ちながら論文に目を通すことが多いです。

着眼点②:介入食は何?どんな原料?どこから入手した?

次に気になるのが、「何を食べさせているか」です。

ヒトでの有効性検証をやっているわけですから、介入食で強化されている成分について、有効性が示唆される何らか先行情報があるはずです。

そして私の場合、介入食でのみ配合されている「原料」にも想像が向かいます。商品などに実用化する場合、使用する原料の情報はとても重要ですからね。

 

参考論文に照らし合わせると、こんな感じのことを想像しています。

テアニンは喫食実績も十分だし、安全性試験もそこそこデータがあるはず。発酵生産で作られているはずだし、(調べてはないけど)原料価格はそこまだ高くないんじゃないか?

ラクチウムという乳タンパク分解物は初めて知ったけど、リラックスと関連するという文脈で販売している会社もあるみたい。安全性のデータなどはあるのかな?。あと、日本で機能性食品として使える可能性がどのくらいあるか、情報探ってみるか。原料価格はどのくらいなんだろう?

テアニン単独であれば原料価格を下げられるかもな。テアニンにも睡眠改善効果があるという報告があるらしいけど、先行研究が1報しかないっぽい。テアニン単独で日本人で調べてみるのもありかもしれない。

 

私の場合、科学としての健康機能性だけでなく、その実用化に関する情報(原料やその調達、製品設計など)にも想像が向かいます。この点は食品会社に所属しているが故の思考かもしれません。

着眼点③:試験デザイン(特に、誰に、どのくらいの期間、介入している?)

RCTのデザインについては特に注意深く読みます。

その中でも、「誰に、どのくらいの期間、介入しているか」はかなり気にします。

 

今回の参考論文を見たときには、こんなことを考えました

被験者に男性の参加者がほとんどいないな。この結果は女性のメインの結果としていったん受け止めるとして、男性についてどのように考えればいいかなビジネス展開する上で男性も対象になるなら、追試験することになるのか?

被験者は、事前アンケートで睡眠障害の経験があると答えた人、と書いてあるな。日本で他社が行った睡眠研究のリクルート条件と近いのであれば、このRCTの結果をそのまま受け止めれば、このサプリメントは日本人にも合うかもしれない。

介入は8週間だから、機能性表示食品でよく設計する試験とデザインは近いな。実際に販売する時も、他の機能性食品と必要な介入期間は変わらないから、そこが問題になることは少ないかも。

 

民間企業にいるがゆえに、実際にヒトが摂取する商品に実装できるかという点をよく考えます

その視点において、誰に向けた商品設計を考えればよいのか、必要となる摂取量・摂取方法・介入期間に無理がないか、といった情報は非常に重要です。

着眼点④:(特に企業の論文の場合)このRCTからどんな事業展開を意識しているか想像する。

日本の食品会社は、トクホや機能性表示食品として健康食品などを届けるために、ヒト介入試験による有効性検証を実施することが良くあります。

そのため、食品会社がRCTを行う際には自社商品の販売・利益という目線が必ずと言っていいほど入っています。

言い換えると、RCTのデザインを読むことで、その企業が何を目指しているかが見えてきます。

例えば私がどのように考えているか、仮想例をいくつか書いてみます(以下の仮想例は、誤解を招く可能性があるため、参考論文とは切り離しています)。

仮想例1(登場人物:食品メーカーX社、ポリフェノールA)

このRCTは食品メーカーX社が主導していて、ポリフェノールAの認知機能への影響を調べているな。でも、X社はポリフェノールAはすでに脂質代謝に関する機能性表示食品を持っているはず。既存品をダブルクレーム(2つの機能を同時に訴求すること)にリニューアルするのかな?

あれ?摂取量が今回のRCTの方が少ないな。ということは、認知機能訴求する商品を新たに売り出すのかもしれないな。

ポリフェノールAを含む食品原料は価格が高いから、配合量を少なくした設計で商品を出したいんだろうな。もしかしたら、脂質代謝についても有効量を下げるための臨床試験をすでに始めているかもしれないな。

仮想例2(登場人物:抗酸化物質Y、大手メーカーB社、原料会社Z社)

このRCTは抗酸化物質Yによるストレス緩和について評価していて、主導したのは大手食品メーカーのB社か。B社ってストレス緩和に関する健康食品てまだ出してなかったな。もしかしたら、何か準備しているのか?

B社の最近の特許公報に、(Yを含む抗ストレス組成物)みたいなものがあったな。もしかしたら抗酸化物質Yの新しい効果を基礎研究でだいぶ前に見つけていたんだろう。

B社は機能性食品をたくさん出しているけど、原料の多くをZ社から買っていたはず。そういえば、Z社は抗酸化物質Yを含む原料を最近販売し始めていたな。

ということは、Z社が作る原料をB社が機能性表示食品として実用化する、という流れができているんだろう。安全性試験に関するUMIN登録情報探してみるか。

 

自分で書いていてなんか複雑な気持ちになりましたが、食品会社の研究者、特にトクホや機能性表示食品にかかわる仕事をしている人たちはこんなことをよく考えていると思います。

(私自身はトクホや機能性表示食品の仕事からはすでに離れているので、少しトレンドが変わってきているかもしれません。)

終わりに

今回は、食品介入RCT論文を読む際に、食品メーカー研究員の私がどのようなところに注目して論文を読み、どんなことを考えているかをまとめてみました。

いかがだったでしょうか。もちろんここに書いたことだけがすべてではないですが、およそこんなことを考えているということが伝わっていれば幸いです。

食品企業で研究者をしていると、食品介入RCTの論文にざっと目を通すだけで、成分、原料、(企業の場合は)事業戦略やその背景情報など、がいろいろつながってきたりします。

論文の中身だけでなく、その裏に隠れている情報・ビジネスを想像しながらRCT論文を読むのも面白いですよ。

 

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2024年7月15日:老化を予防するかもしれないポリフェノール?など最新論文4報

この記事では2024年6月下旬~7月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月15日:最新論文4報

老化を予防するかもしれないポリフェノール? Nature Aging誌

天然物のスクリーニングから、老化抑制作用がある植物素材とその有効成分としてポリフェノールの一種「ルテオリン」を同定した論文。

タイトルは

Targeting senescence induced by age or chemotherapy with a polyphenol-rich natural extract improves longevity and healthspan in mice

https://www.nature.com/articles/s43587-024-00663-7

 

私が所属している食品会社でもよくやる研究の一つに、何かに対して強い生理活性を持つ天然物やその抽出物を探索し、そこに含まれる有効成分を特定して実用化を目指すというものがあります。

会社によっては天然物抽出物の膨大な独自ライブラリーを持っており、会社として目指したい健康機能性を発揮するよう成分をスクリーニングしているようですね。

この論文も考え方は同じで、老化抑制作用を持つ天然物成分をスクリーニングし、その活性やメカニズムを動物モデルで確認するという研究を展開しています。

具体的には、Salvia haenkei(Haenkenium 、残念ながら適する日本語がない)という植物の抽出物を老化促進マウスに投与したところ、老化細胞の蓄積が減少し、寿命、体力、線維症、骨の石灰化、炎症など、いくつかの老化関連パラメータが緩和されたことを報告しています。

そして、その有効成分としてポリフェノールの一種である「ルテオリン」とそのグルクロン酸抱合体「ルテオリン-7-O-グルクロニド」を特定し、p16-CDK6の相互作用を阻害して細胞周期を早め、老化促進を食い止めていることを明らかにしています。

ルテオリンは結構様々な活性があることが報告されており、日本ではサプリメント形態でも販売されています。今後、老化との関連でどのような実用化が展開されていくか、見守りたいと思います。

 

複数の細胞小器官を一斉にイメージングする手法 Nature Cell Biology誌

6つの細胞小器官を一斉にイメージングする手法「OrgaPlexing」を開発し、小器官同士の相互作用を捉えた論文。

タイトルは

Functional multi-organelle units control inflammatory lipid metabolism of macrophages

https://www.nature.com/articles/s41556-024-01457-0

細胞小器官の観察は小器官ごとに適切な試薬で染色して観察しますが、通常は細胞の静的(止まった状態)を観察することが中心で、特定の刺激などが入った際に小器官同士がどのように相互作用して細胞内で変化を起こしているかは、なかなか観察が難しかったようです。

この論文では、細胞を脂肪滴、ペルオキシソーム 、ミトコンドリア 、ゴルジ体 、リソソームで免疫染色し、この6つを一斉にイメージングできる手法「OrgaPlexing」を紹介しています。

詳しい原理などは論文を見てほしいですが、この手法を使用することで、細胞内外の刺激に対して6つの細胞小器官の動的な変化を追跡ようになったそうです。

そしてこの論文では、マクロファージをLPSなどで刺激して活性が高まっていく過程で、細胞小器官がどのような動態をしているかを観察し、その過程で関わる代謝経路などの解析につなげています。

分かったこととしては、

・LPSなどでマクロファージに刺激を入れると、最初に脂肪滴が応答する。

・その後ミトコンドリア–小胞体–ペルオキシソーム–脂肪滴のユニットが形成され、脂肪滴からの脂肪酸放出を促す。

・放出された脂肪酸(アラキドン酸)が炎症性脂肪酸代謝物であるPGE2へ代謝変換される。

という現象が細胞小器官の相互作用を経て引き起こされているそうです。

小児の糞便メタゲノムから自閉症スペクトラムを判別する Nature Microbiology誌

小児1600人の糞便メタゲノムから腸内微生物データ(細菌、アーキア、ウィルス、真菌)をとり、自閉症スペクトラム(ASD)の有無を判別するモデルを作った論文。

タイトルは、

Multikingdom and functional gut microbiota markers for autism spectrum disorder

https://www.nature.com/articles/s41564-024-01739-1

私がこの研究ですごいと思ったのは、小児1600人分の糞便メタゲノムを解析したこと。

大人と違って子供のサンプリングは独特のむずかしさがあることや、その後その膨大なサンプル数すべてをメタゲノムにかける予算規模の大きさなど、この研究の神髄はここにあるのだろうと感じています。

メタゲノムを解析したことにより、これまでよく行われている腸内細菌だけでなく、真菌、古細菌、ウイルス、アーキアの情報も取得でき、糞便微生物ほぼすべてを解析することができるという強みにもつながっています。

この研究この糞便微生物のデータを使い、自閉症スペクトラムを持つ子どもとそうでない子供における糞便微生物や代謝経路の違いなどを探索しています。

判別モデルがAUC=0.91という驚異のスコアを出している(ちなみに、細菌だけ、真菌だけ、などのモデルでは判別鵜がかなり下がるらしい)ことに加え、遺伝子情報から自閉症の子供においてチアミン(ビタミンB1)関連の代謝経路の活性が下がっている可能性を発見しています。

食事から摂取する脂肪酸を切り替えたときの健康を予測する Nature Medicine誌

飽和脂肪酸の摂取を不飽和脂肪酸に置き換えた際に血液リピドミクスに与える変化を予測するスコア(MLS)を開発し、このスコアが健康リスク評価に使えることを示した研究。

タイトルは

Lipidome changes due to improved dietary fat quality inform cardiometabolic risk reduction and precision nutrition

https://www.nature.com/articles/s41591-024-03124-1

食事から摂取する油脂は種類ごとに結合している脂肪酸の種類が異なっており、一般の人においては飽和脂肪酸の摂取量が多すぎることは望ましくなく、一定量を不飽和脂肪酸に置き換えることで様々な疾患リスクを下げられるといわれています。

一方で栄養による健康への影響は個人差が大きく、脂肪酸の切り替えによる効果も一人一人異なることが想像されます。

この研究では、「飽和脂肪酸を多く摂取した群と、その一部を不飽和脂肪酸に切り替えた群」を設定したヒト介入試験の血液データなどを使用し、摂取した脂肪酸を切り替えたことによる血液りピドームへの影響を一人一人スコア化できる指標「MLS(multilipid score)」を開発しています。

MLSはスコアが高いほど食事脂質の質がいい(=不飽和脂肪酸に適切に置き換えられている)という指標として使っています。

さらにこのMLSについて、MLSが高いことが疾患リスク低下などへの効果を予測するのに使えないだろうか?ということを調べています。

複数の介入試験やコホート研究のデータを駆使してMLSの妥当性を調べたり、実際に疾患リスクとMLSに明確な関連がみられるかなどを徹底的に調べています。

結果として、MLSが高いほど心血管疾患リスクやⅡ型糖尿病リスクが低下することを見つけています。 

研究全体でみているのは、「食事脂肪酸の置き換え⇒血液リピドームの変化(MLS)⇒疾患リスク低下」という一般的な流れです。

しかし、リピドーム(MLS)を間に入れることで、食事を置き換えたことによる個人ごとの変動をある程度可視化できるようになったことで、精密栄養的なアプローチをするヒントが得られるようなデザインになっています。

終わりに

今回はいかがだったでしょうか。

老化を抑制するかもしれない食品成分はこれまでもたくさん出てきていますが、今回見つかったルテオリンがどのくらい実用化まで近づいていくか、見守っていきましょう。

また、食事を変えることによる健康への影響を予測する指標の開発は様々なところで行われていますので、このスコアに限らず、いろんな指標が出てくるのを楽しみにしたいところです。

 

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2024年7月12日:食事摂取状況を把握するバイオマーカーはつくれる?など最新論文4報

この記事では2024年7月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月12日:最新論文4報

食事摂取状況を予測できるバイオマーカーはつくれるか? Nature Metabolism誌

個人の食事摂取状況を算出・予測できるバイオマーカーを、ヒト生体試料のオミクスデータから開発できる可能性を議論したレビュー論文。

タイトルは

Towards nutrition with precision: unlocking biomarkers as dietary assessment tools

https://www.nature.com/articles/s42255-024-01067-y

栄養疫学研究において必ずと言っていいほど話題になるのが、

ヒトは、自分が食べたものを正確に把握していない」という問題。

FFQなどのアンケートベースのモノや、実際に食べた量の重量を測定する秤量法など様々ありますが、

どれも長所と短所があるため、「使い分けている」というのが現状です。

 

このような状況の解決を目指して、

生体バイオマーカーやオミクスデータを駆使することで、個人の摂取栄養素の状況を把握できないか?

という取り組みが実施されています。

このレビューでは、上記のアプローチに対して総合的に議論しており、具体的には血液と尿を使って実現することは可能か?という点に焦点を当てています。

詳しくは本文を読んでいただきたいのですが、現状と課題、さらにはこの研究をするにあたっての注意点が網羅されています。栄養学に関わっている人は、ぜひ一度目を通すことをお勧めします。

グルコース以外に強く反応する膵臓インスリン分泌細胞 Cell Metabolism誌

ドナー140人から得た膵島を使い、グルコース・脂質・アミノ酸に対するインスリン分泌のパターンを調べた研究。

タイトルは

Proteomic predictors of individualized nutrient-specific insulin secretion in health and disease

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0002916524003897

 

膵臓のランゲルハンス島は、食事から摂取したグルコースに応答してインスリンを適切に分泌する非常に重要な組織であり、1型糖尿病ではこのランゲルハンス島からのインスリン分泌が破綻していることで高血糖状態が続いてしまうことはよく知られています。

一方で、実はランゲルハンス島はグルコースだけに反応せず、その他の栄養素に対しても反応してインスリン分泌を行っている可能性が示唆されていたようですが、その詳細は全く研究が進んでいなかったようです。

そこでこの研究では、亡くなったドナーの皆様から膵臓を採取し、得られたランゲルハンス等に対してグルコース、アミノ酸、脂質をかけた際のインスリン応答を確認しています。

その結果としてグルコースよりもアミノ酸や脂質に強く反応してインスリンが分泌される細胞サブセットを特定しています。

そしてこれだけにとどまらず、健常者とⅡ型糖尿病者の間での各栄養素への反応性の違いを調べたり、そもそものランゲルハンス島細胞の特徴の違いをRNAseqとプロテオミクスを駆使して調べています。 

 

水溶性食物繊維がアルコール性肝疾患を軽減するメカニズム Cell Host & Microbe誌

水溶性食物繊維の摂取がアルコール性肝疾患を軽減することを、動物試験で確認した論文。

タイトルは、

Dietary fiber alleviates alcoholic liver injury via Bacteroides acidifaciens and subsequent ammonia detoxification

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1931312824002269?via%3Dihub

NASHをはじめとする肝疾患に対する、腸内細菌叢やその代謝物の関連は研究がたくさん出てきています。

その一方で、アルコール性肝疾患に対する関連は相対的に研究が少なかったとのこと。

この研究では、他の肝疾患と同様に、食物繊維の摂取量を増やすことでアルコール性肝疾患の症状を予防・軽減できる可能性があるのではないかと仮説を立て、動物試験を通して有効性とそのメカニズムを調べています。

その結果、

水溶性食物繊維を食べさせたアルコール性肝疾患マウスでは症状が軽減されたこと

腸内細菌叢を調べたところ、Bacteroides acidifaciensの増加が確認されたこと

腸管代謝物を見ると脱抱合胆汁酸が増えており、これが肝臓オルニチンアミノトランスフェラーゼ発現を高めてアンモニアの解毒を促していること

を明らかにしています。

ちょっと気になるのが、与えた食物繊維の情報がすぐに見つけられなかったことです。

見つけられた人がいましたら是非教えてください。

 

胃がん患者の組織からオルガノイドを作って評価する Cell Report Medicine誌

生存中胃がん患者の組織サンプルからオルガノイドを作り、薬剤反応性の評価やスクリーニングに使えるようにしたという論文。

タイトルは

Personalized drug screening using patient-derived organoid and its clinical relevance in gastric cancer

https://www.cell.com/cell-reports-medicine/fulltext/S2666-3791(24)00331-8

ヒト組織を使って基礎研究をしたいと思っても、生存中のヒトから直接組織を採取するのが難しいことが多いことがほとんどです。このような状況を解決する一つの手法として、部分的に採取した組織をもとにオルガノイドを作成して研究するという手法が良くとられています。

例えば、ある疾患に対する有効な薬剤をスクリーニングする際にこのオルガノイドに様々な薬剤を使用するという方法を取ったり、特定の疾患になった際の組織の分化や挙動を観察したり、といったことができますね。

この研究では、生存している胃がん患者から胃がんサンプルを採取してオルガノイドを作成し、薬剤スクリーニング、化学療法に対する応答性の判別モデルの作成、などを行っています。

胃がん患者73人から組織を採取して57個のオルガノイド作製に成功し、それぞれの遺伝子発現などを確認しています。

その後、これらオルガノイドに様々な薬剤をかけて有効な薬剤をスクリーニングできることを示したり、化学療法(5-fluorouracilとoxaliplatin)に対する応答性を判別できる遺伝子発現パネルを作ったりしており、このオルガノイドの利用可能性を示しています。

終わりに

今回はいかがだったでしょうか。

栄養摂取状況を正確に把握する手法の開発は今後も続くはずなので、食品・栄養研究者としてもこの領域はとても注目です。

また、インスリン分泌細胞の中にも栄養素に対する応答性が大きく異なるものがあることが分かったことも、糖尿病などの代謝性疾患との関連が非常に気になる情報だと感じました。

 

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2024年7月10日:ケトン食ってなかなか複雑で難しい!と感じさせる論文4報

この記事では、直近半年程度の間で出版された「ケトン食」の有効性やメカニズム研究の論文を紹介します。

ケトン食の健康への有効性は少しずつ認識されつつありますが、論文をいろいろ見ていくとまだまだ議論が難しく複雑なことが多い印象です。

※本ブログは、直近半年以内程度で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月10日:ケトン食ってなかなか複雑で難しい!と感じさせる論文4報

ケトン食がアルツハイマー疾患に与える影響を調べた動物試験 Gut Microbe誌

まず1つ目は、地中海食を改変したケトン食がアルツハイマー疾患に与える影響とそのメカニズムをADモデルマウスで調べた研究。

タイトルは

A modified Mediterranean-style diet enhances brain function via specific gut-microbiome-brain mechanisms

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/19490976.2024.2323752

  

ADマウスに地中海食を与えた結果、代謝状態や行動試験の結果は改善し、食事や腸内細菌に由来する代謝物が脳の炎症を抑えることを明らかにしています。

ただしこの論文では、西洋食と比較している点は気をつけた方がよさそうです。

ケトン食により肥満が抑制されるメカニズム Nature Metabolism誌

2つ目の論文は、ケトン食により肥満抑制につながることを示した動物試験の論文。

タイトルは

Ketogenic diet-induced bile acids protect against obesity through reduced calorie absorption

https://www.nature.com/articles/s42255-024-01072-1

 

論文では、ケトン食介入による肥満抑制作用は腸内細菌叢の変化に起因していると仮説を立てて調べています。

まずは動物試験にて、ケトン介入により胆汁酸加水分解酵素を持つ腸内細菌が減り、血中胆汁酸代謝物が変化してエネルギーの取り込みを抑制していることを見つけています。

またヒトでも同じ傾向がみられるかを調べ、ケトン食介入をした肥満・太り気味の人でも、胆汁酸加水分解酵素と胆汁酸組成が同じような変化を示したことを報告しています。

ケトン食は適切にやらないと細胞老化を促すかも? Science Advances誌

3本目の論文は、ケトン食を長期間続けるとさまざまな組織の細胞老化が進むことを確認した動物試験の論文。

タイトルは、

Ketogenic diet induces p53-dependent cellular senescence in multiple organs

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ado1463

 

主に動物試験で細胞老化を評価しており、血清でTNFa、IL-6、IL-1bなどのサイトカインも上昇していることや、細胞老化のメカニズムのカギがAMPK-p35の経路にあることを確認しています。

また、動物試験で得られた傾向がヒトでも見られるのか、ケトン食介入を受けたヒトの血清を調べて確認しています。結果として、ケトン食介入群において、IL-1bやTNFaの上昇が動物試験と同様に上昇していることを見つけています。

 

ケトン食のヒト健康への有効性を評価したメタアナリシス BMC Medicine誌

ケトン食の健康有効性RCTの結果をまとめたメタアナリシスの論文。

タイトルは

Effects of ketogenic diet on health outcomes: an umbrella review of meta-analyses of randomized clinical trials

https://bmcmedicine.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12916-023-02874-y

 

システマティックレビューの結果、68件のRCT論文を採用し、体格・血中脂質マーカー・血糖関連マーカーなどに対する有効性を確認しています。

その結果、肥満者の体重減少、中性脂肪、ヘモグロビンa1cの低下が示唆された一方で、LDLコレステロールが上昇する可能性も示唆されたそうです。

終わりに

今回は、ケトン食のメカニズム研究や有効性を評価した論文を4報紹介しました。

今後もケトン食に関する研究はたくさん出てくると思うので、引き続きエビデンスの情報収集をしていきたいと思います。

 

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2024年7月8日:地球にやさしい食生活は健康にもいい?など最新論文4報

この記事では2024年6月下旬~7月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

2019年にEAT-Lancet委員会が、Planetary Health Diet(PHD)というものを提唱しました。

これ自体は「地球環境に配慮した食事」という意味で、中身としては植物性食品を中心にして肉・魚・乳製品を減らすという食事・食生活を指しており、環境負荷が小さい食生活を通して地球・人類の持続性につなげようという文脈で書かれています。

一方で、植物性食品を中心に据えるというその特徴から、PHDがヒトの健康維持増進にも貢献するというコホート研究が出てきており、直近1週間でも数報見つけることができました。

この記事では、PHDとヒト健康に関する論文3報と、腸内細菌と食物依存症の関連を調べた論文1報を紹介します。

 

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月8日:最新論文4報

PHDの遵守率が心血管疾患の発症リスク低下と関連する The American Journal of Clinical Nutrition誌

まず1つ目のPHDの論文は、心血管疾患発症リスクとの関連を評価した研究。

タイトルは

Adherence to a planetary health diet, genetic susceptibility, and incident cardiovascular disease: a prospective cohort study from the UK Biobank

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0002916524005860

 

こちらは英国のUKバイオバンクの研究で、PHDの遵守率が心血管疾患(CVD)、虚血性心疾患 (IHD)、心房細動 (AF)、心不全 (HF)、および脳卒中の発症と関連するかを調べています。

そしてこの研究はさらに一つ評価軸を加えており、遺伝的素因により上記の疾患リスクがもともと高い人においてもPHDの遵守が発症リスク低下につながるかも調べています。

被験者約11000人、追跡期間中央値9.9年のコホート研究データから上記の解析を行い、PHD遵守率が低い群と高い群に分けて比較することで解析を行っています。

結果として、PHD遵守率が高い方が上記いずれの疾患についても発症リスク低下と関連していること、この結果は遺伝的素因スコアと交互作用を示していなかったことを確認しており、遺伝的リスクに関係なくPHD遵守の高さと心血管疾患リスクの低下が関連していることを報告しています。

PHDの遵守率が死亡率低下と関連する The American Journal of Clinical Nutrition誌

PHDについての2つ目の論文は、PHDの遵守率と各種疾患による死亡リスクの関連を調べたコホート研究。

タイトルは

Planetary Health Diet Index and risk of total and cause-specific mortality in three prospective cohorts

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0002916524003897

 

こちらは、米国の有名な3つのコホート(the Nurses’ Health Study (1986–2019), the Nurses’ Health Study II (1989–2019), the Health Professionals Follow-up Study (1986–2018) )から合計20万人近くの追跡データを取得し、PHDの遵守率と全死亡率、あるいは心血管疾患、ガン、呼吸器疾患、神経変性疾患などによる死亡率との関連を評価しています。

結果として、全死亡率、および上記で示した疾患においては、PHD遵守が高いほどそのリスクが低くなることを明らかにしています。

またこの研究が面白いのは、PHDそのものの趣旨である「環境影響への関連」についてもサブ解析を行っており、PHDの遵守が温室効果ガス排出量などと逆の関連を示すことも確認しています。

PHDの遵守率が中高齢者の記憶力維持につながる? Nature Aging誌

PHDの論文3報目は、PHD遵守率と高齢者記憶力の関連を調べたコホート研究。

タイトルは、

Adherence to the planetary health diet and cognitive decline: findings from the ELSA-Brasil study

https://www.nature.com/articles/s43587-024-00666-4

 

こちらはブラジルのコホート研究で、50歳前後の被験者1万人を追跡し、PHDの遵守と認知関連機能の維持や低下と関連するかを評価しています。

結果として、PHDの遵守がその後の認知機能維持(=低下しない)ことと関連していることを見出しています。

一方で、この関連において被験者の所得が強く交絡している可能性があることも指摘しており、高所得者においては記憶力や認知能力の低下が遅れることを確認しています。

PHDはその性質上実施に費用が掛かることから、PHDを遵守できる人は一定の経済力があるという側面も考察される結果になっています。

 

食物依存症を予防している腸内細菌 Gut誌

食物を猛烈に欲してしまう食物依存症の人の腸内細菌叢を調べ、その予防に関わっている腸内細菌を発見した論文。

タイトルは

Gut microbiota signatures of vulnerability to food addiction in mice and humans

https://gut.bmj.com/content/early/2024/05/17/gutjnl-2023-331445.long

 

「食物依存症」というものに私自身あまりなじみがなかったですが、どうやらモノを食べることに対する制御機構が何らかの理由でうまく機能しなくなった人が発症するようで、過食につながるため肥満や生活習慣病の発症につながるといわれているようです。

行動制御に関することから脳における何らかの変化が関わっているといわれているようですが、一方で、腸内細菌が依存症発症やその制御に関わっている可能性も指摘されており、詳細は分かっていなかったようです。

この研究では、ヒトコホートで食物依存症のヒトで特徴的な腸内細菌をピックアップし、この菌が同部うつモデルなどで依存症上の予防や緩和につながるかを確認しています。

まず、ヒトデータの解析からBlautia wexlerae という菌が食物依存症者の腸内細菌叢で特に減少していることを見つけています。

そして、食物依存症マウスモデルにこの菌を経口投与することで、依存症状が緩和されることも確認しています。

また、このBlautia wexlerae が特に餌として利用するラクチュロースやラムノースなどのプレバイオテクスを依存症マウスに経口投与することによっても、症状が改善することも報告しています。

終わりに

今回は、「地球にやさしい食生活は、ヒトの健康維持にも良い」という観察研究結果を報告した論文3報などを紹介しました。

巷ではサステナビリティやSDGsという言葉が使い古されるくらい浸透していますが、食生活にもサステナビリティの概念を取り入れると、結果的に公衆衛生的な意味でもヒトの健康に貢献することができるかもしれません。

ただし、PHDの長期実施にはかなりのお金がかかるそうです…

 

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2024年7月5日:構造予測モデルでサイトカイン阻害タンパクを設計!など最新論文4報

この記事では2024年6月下旬~7月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

構造予測モデルで経口摂取できるサイトカイン阻害タンパクを開発した論文、ニキビの原因菌として知られているアクネ菌の遺伝子型の多様性を調べた論文、ケトン食の肥満抑制メカニズムに迫った論文、ビタミンDと脂質代謝の関連を調べた研究、を紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月5日:最新論文4報

構造予測モデルで経口摂取サイトカイン阻害タンパクを設計 Cell誌

構造予測モデルを使ってIL-17AとIL-23Rを阻害する経口摂取できるタンパクを設計・作成したという論文。

タイトルは

Preclinical proof of principle for orally delivered Th17 antagonist miniproteins

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(24)00631-7

 

Alfa Fold3をはじめ、近年タンパク質の立体構造予測に関する技術の進歩はすさまじく、このタンパク工学の技術は医療領域にもどんどん進出しています。特異性の高い抗体の設計などはよく行われていますね。

この研究では、ワシントン大学の構造予測モデル「RoseTTAFold All-Atom」を使い、「経口摂取可能な抗サイトカインタンパク質」の設計と、その前臨床研究を行っています。

具体的には、Th17が強く関わる疾患(炎症性腸疾患、乾癬、など)を視野に入れ、IL-17やIL-23Rに対する阻害タンパクを設計・製造し、経口摂取によりその有効性が発揮されるかを確認しています。

かなりの検討を行った結果として、シミュレーションから予測された結合部位に特異的に作用し、経口摂取時の胃酸の分解から逃れられ、腸管から血中へ吸収されるタンパクの開発に成功しています。

そして、炎症性腸炎モデルのヒト化マウスへ経口投与すると、Th17活性を抑え症状が改善したことも確認しています。

皮膚アクネ菌遺伝子型と皮膚疾患の関連を調べる Cell Host & Microbe誌

皮膚常在のアクネ菌を正常・アトピー・ニキビのヒトから約1200株採取し、ゲノム・代謝物の特徴を比べた論文。

タイトルは

Multi-omics signatures reveal genomic and functional heterogeneity of Cutibacterium acnes in normal and diseased skin

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1931312824001963?via%3Dihub

 

アクネ菌(学名:Cutibacterium acnes)は皮膚常在細菌の一種で、皮膚免疫の維持に重要な役割を果たしている一方で、ニキビの発症にも関わっていることが知られています。

論文によると、皮膚の主要細菌であるアクネ菌はヒトによって様々な菌株が存在しているはずだが、実際に多くの人から集めて遺伝子型を解析した研究はなく、皮膚免疫にかかわる「善玉」なアクネ菌と、ニキビなどの発症にかかわる「悪玉」なアクネ菌の具体的な違いはほとんどわかっていなかったそうです。

この研究では、ニキビ、アトピー性皮膚炎、そして疾患がない正常な人たちの皮膚からアクネ菌を採取し、合計1234株を集めてきています。そしてメタゲノム解析、トランスクリプトーム解析、代謝物解析を行い、各疾患と菌株の特徴を紐づけています。

結果として、

・皮脂の多い皮膚の株は、ケラチノサイトに対する毒性が強く、炎症誘導活性が高い。

・アトピー性皮膚炎の皮膚にいる菌株はL-カルノシンを分泌し、抗炎症効果に寄与している可能性がある。

という、なかなかユニークな特徴が分かってきたようです。

ケトン食による肥満抑制メカニズムに迫った研究 Nature Metabolism誌

ケトン食による肥満抑制のメカニズムについて、腸内細菌叢やその代謝物から迫った研究。

タイトルは、

Ketogenic diet-induced bile acids protect against obesity through reduced calorie absorption

https://www.nature.com/articles/s42255-024-01072-1

 

肥満の人に対する適切なケトン食介入が、体重減少や中性脂肪低下につながることが報告されるなど、その有用性が明らかになってきています。

一方でこの論文によると、体重減少や脂質代謝改善につながるメカニズムについては分かっていないことが多く、基礎研究によって明らかにすることが重要であると述べています。

この研究では、ケトン食による効果は腸内細菌叢や代謝物が媒介しているという仮説を立て、動物試験を通して関与する細菌や代謝物を突き止めています。

その結果、胆汁酸加水分解酵素を持つ腸内細菌が減り、血中胆汁酸代謝物が変化して肥満抑制につながること明らかにしています。

また、ヒトデータに戻った解析も行っており、ケトン食介入をした肥満・太り気味の人でも、胆汁酸加水分解酵素と胆汁酸組成が同じような変化を示したそうです。

ビタミンDが肝臓脂肪蓄積の制御にかかわるメカニズム Cell Reports誌

食事性ビタミンDおよびビタミンD受容体が、肝臓の脂肪蓄積やエネルギー代謝を調節していることを明らかにした、ゼブラフィッシュ実験の論文

タイトルは

Hepatocyte vitamin D receptor functions as a nutrient sensor that regulates energy storage and tissue growth in zebrafish

https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(24)00721-6

 

ビタミンDはヒトでは皮膚を日光に当てることで合成できるビタミンとして知られていますが、一方で食事からも一定量摂取することが重要です(シイタケに多いですね)。

そしてビタミンD、骨の形成に重要であると知られている一方で、欠乏すると肝臓の脂肪蓄積につながることも報告されていたとのこと。しかし、そのメカニズムに詳細に踏み込めた研究はなかったようです。

この研究では、肝臓の脂肪蓄積においてビタミンD受容体(Vdr)が関与していると仮説を立ています。

そして、Vdrを機能不全にした動物や食事からのビタミンDを欠乏させた動物において脂肪肝が進むことを明らかにし、そのメカニズムとして肝臓でのVdrを介したシグナルが脂肪酸β酸化を抑制し脂肪分解が止まることを突き止めています。

この実験では、動物としてゼブラフィッシュが使われています。

私は使用したことがないですが、脊椎動物における骨やその他発育を評価する上で有用な動物として、最近結構使われるようになってきています。

終わりに

今回は、構造予測から経口摂取できるサイトカイン阻害タンパクを開発した論文などを紹介しました。

Alfa Fold 3やRoseTTAFold All-Atomを使ったタンパク設計やその実用化については、今後どんどん研究が出てきそうです。

 

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2024年7月3日:グルタミン/グルタミン酸の活躍の幅の広さを感じさせられる論文4報

この記事では、直近半年程度の間で出版された「グルタミン」「グルタミン酸」が重要な役割を果たしていた論文を紹介します。

栄養素としてのアミノ酸、味の素としてだけでなく、TCA回路の前駆体や受容体リガンドとしても活躍するグルタミン酸やグルタミン、今後もたくさん論文でてくることでしょう。

※本ブログは、直近半年以内程度で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月3日:グルタミン/グルタミン酸の活躍の幅の広さを感じさせられる論文4報

食事由来グルタミン酸が食欲を調節する? Nature Communications誌

まずは食事から摂取したグルタミン酸と食欲調節の関連を報告した論文。

タイトルは

Dietary L-Glu sensing by enteroendocrine cells adjusts food intake via modulating gut PYY/NPF secretion

https://www.nature.com/articles/s41467-024-47465-4

 

これまでの研究で、腸管内を流れているアミノ酸を腸管内分泌細胞(EEC)が感知し、食欲に関するホルモンの分泌などが行われている可能性は示唆されていたようです。

しかし、そのメカニズムやEECが分泌する食欲調節ホルモンがどのように作用しているかは不明だったようです。

この論文では主にハエモデルを使用して上記の検討を行っています。

まず、EECを除去したハエでは食欲抑制機構が働かなくなることを確認し、さらにこの現象がEECの代謝性グルタミン酸受容体(mGluR)を介していることを発見します。

そして、グルタミン酸がmGluRを介して食欲調節機構が働くこと、EECから神経ペプチドNPF(ヒトでの食欲抑制ペプチドPYYに相当)の分泌が行われていることを明らかにしています。

 

グルタミン酸が大腸内分泌細胞を介して肥満を予防する? Nature Metabolism誌

次も腸管内分泌細胞(EEC)とグルタミン酸の関連の論文で、特に大腸のEECが肥満予防と関連していることを明らかにした論文。

タイトルは

Interaction between the gut microbiota and colonic enteroendocrine cells regulates host metabolism

https://www.nature.com/articles/s42255-024-01044-5

  

先ほどの論文で紹介したEECは主に小腸を想定した研究でした(ハエではありましたが…)。

論文によると小腸EECに着目した研究は多いものの、大腸EECの役割について調べた研究は少なかったようです。

この研究ではまず大腸EEC欠損マウスを使用してその影響を確認し、欠損により過食と肥満が進むことを見つけ、大腸EECも食欲調節とかかわることを確認しています。

そのメカニズムを調べる中で、どうやら大腸EECの存在有無により腸内細菌叢が激しく変動すること、その際のグルタミン酸量が大きく変動すること、グルタミン酸投与により大腸EECを介した食欲抑制作用が発揮されることを明らかにしています。

 

グルタミン酸受容体がインフルエンザ感染にかかわる Nature Microbiology誌

グルタミン酸受容体mGluR2が、インフルエンザウイルスが細胞内へ侵入・感染する際に利用されていることを明らかにした論文。

タイトルは

Influenza virus uses mGluR2 as an endocytic receptor to enter cells

https://www.nature.com/articles/s41564-024-01713-x

 

インフルエンザウイルスの多くは、クラスリン依存性エンドサイトーシスで細胞内に侵入するそうですが、その際には何らかの細胞側の受容体を認識しているはずですが、どの受容体を介しているかは不明だったようです。

この論文では、その受容体がmGluR2であることを突き止め、同時にpotassium calcium-activated channel subfamily M alpha 1 (KCa1.1)というイオンチャネルも利用することで細胞内に侵入できることを明らかにしています。

mGluR2ノックアウトマウスではインフルエンザウイルスが定着しないという点も興味深いです。

一方で、なぜmGluR2なのか、グルタミン酸と何らかの競合は発生していないのか?などについても疑問が残りますね。

グルタミンはCD8+T細胞の重要なエネルギー源 Science Advances誌

最後はグルタミンに関する論文で、グルタミンが免疫細胞のエネルギー源となっていることを報告した論文。

タイトルは、

13C metabolite tracing reveals glutamine and acetate as critical in vivo fuels for CD8 T cells

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj1431

 

この論文の趣旨は、「感染症に罹患した際の免疫細胞の代謝動態を知りたいから、感染マウスに13C安定同位体を投与して動態を観察しよう!」というものです。

そのため論文では、リステリアに感染したマウスに複数の炭素源(グルコース、グルタミン、酢酸)のそれぞれの安定同位体を投与し、13Cの動態を追いかけることで代謝動態を明らかにしています。

結果、感染症罹患時に主に活性化するCD8T細胞が活性化時に特にグルタミンをエネルギー源として活用し、ATP合成や細胞増殖に利用していることを明らかにしています。

しかし成熟後は炭素源をグルタミンから酢酸へ切り替えていることも観察しており、免疫細胞はその活性フェーズによって炭素源を切り替えていることを発見しています。

終わりに

今回は、グルタミン/グルタミン酸、およびその受容体を主に扱った論文を4報紹介しました。

栄養素としてのアミノ酸だけでなく、食欲調節にかかわっていたり、ウイルス感染の起点となっていたりなど、アミノ酸とその受容体は生体内のあらゆる場所で活躍していることが見て取れますね。

 

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2024年7月1日:腸内細菌のトリプトファン代謝を食物繊維で制御!など最新論文4報

この記事では2024年6月中旬~下旬に出版された最新論文を4報紹介します。

今週は腸内細菌に関する論文が目立ちました。この記事では、短鎖脂肪酸産生予測やトリプトファン代謝に関する論文、Ⅱ型糖尿病患者で世界的に共通する腸内細菌叢の特徴を調べた論文などを紹介します。

 

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年7月1日:最新論文4報

腸内細菌叢でのトリプトファン代謝を食物繊維で制御する Nature Microbiology誌

食物繊維摂取により腸内細菌叢でのトリプトファン代謝動態が変わり、有益な代謝物が増えることを示した論文。

タイトルは

Dietary fibre directs microbial tryptophan metabolism via metabolic interactions in the gut microbiota

https://www.nature.com/articles/s41564-024-01737-3

 

トリプトファンが腸内細菌によって様々なインドール性代謝物(インドール乳酸、インドール酢酸、など)に変換され、宿主の健康維持などに貢献しているという論文はここ数年一気に増えています。

一方で、慢性腎臓病に関わるといわれているインドールもトリプトファンの腸内細菌代謝物であり、トリプトファン代謝物すべてが宿主にとっていいものというわけでもありません。

そのため、「宿主に有益なトリプトファン代謝物が多く作られる腸内細菌叢の特徴とそれに近づく方法」が明らかにされる必要があり、この論文ではその解明に取り組んでいます。

この論文で面白かったのは、

「トリプトファン代謝物のプロファイルは、酵素を持つ細菌の組成ではなく、酵素を持つ細菌の遺伝子発現調節が行われることで変化する」

という点です。

すなわち、トリプトファンは異なる代謝遺伝子を持つ細菌が中間体を受け渡しながら代謝されており、その代謝動態は細菌の代謝酵素の遺伝子発現によって制御されている、ということを明らかにしています。

そしてこの論文では、食物繊維を適切に摂取することにより、トリプトファン代謝遺伝子を持つ細菌の遺伝子発現変動が誘導され、細菌叢全体として有益なトリプトファン代謝物が作られるようになる、と結論付けています。

一般的に細菌の存在割合で議論される腸内細菌叢と代謝物の関連ですが、今後の研究では細菌の遺伝子発現を制御する因子の影響まで考慮する必要が出てくるかもしれません。

腸内細菌叢データから、個人の短鎖脂肪酸産生を予測する Nature Microbology誌

酢酸、プロピオン酸、酪酸などの腸内細菌由来短鎖脂肪酸の産生を、一人一人予測できるモデルを開発したという論文。

タイトルは

Microbial community-scale metabolic modelling predicts personalized short-chain fatty acid production profiles in the human gut

https://www.nature.com/articles/s41564-024-01728-4

 

短鎖脂肪酸は言わずと知れた腸内細菌由来代謝物群の代表格で、大腸上皮細胞のエネルギー源として使われるだけでなく、免疫細胞の分化や機能変化、迷走神経を介した脳へのシグナル伝達、エネルギー代謝制御など、様々な場面で活躍している代謝物です。

しかし、腸内細菌叢が主に産生しているため、短鎖脂肪酸の分泌プロファイルについては個人の細菌叢組成に依存しており個人差が大きく、正確に予測するのは困難であったようです。

この論文では、事前に細菌の系統樹や遺伝子情報を整理した「MCMM」というモデルを構築し、そこに糞便細菌叢解析や糞便培養ex vivo実験から得られた細菌叢データと代謝物データを追加することで、短鎖脂肪酸を予測できるモデルの構築に成功しているようです。

しかもこの論文はこのモデルを使い、食物繊維やビフィズス菌などのプレバイオテクスやプロバイオテクスを摂取した際に、一人一人の短鎖脂肪酸産生がどのように変化するかを予測することにも成功しています。

実際にヒトにプレ/プロバイオを摂取してもらった介入試験の結果を使用して、モデルの精度や有用性を確認しています。

この論文はいわゆる「個別化栄養」を実装した論文です。現在一部アカデミアや食品メーカーなどが個別化栄養の実現などに取り組んでいますが、本論文のような先行事例から学ぶことは多いのかもしれません。

 

Ⅱ型糖尿病者に共通する腸内細菌叢の特徴を解明 Nature Medicine誌

世界各国のコホートから腸内細菌叢メタゲノムデータを取得し、II型糖尿病と関連する腸内細菌叢の特徴を調べた研究。

タイトルは、

Strain-specific gut microbial signatures in type 2 diabetes identified in a cross-cohort analysis of 8,117 metagenomes

https://www.nature.com/articles/s41591-024-03067-7

 

Ⅱ型糖尿病と腸内細菌叢の関連についてはすでにたくさんの報告が存在します。

ただしこの論文によると、これまでの研究結果には一貫性がなく世界共通の特徴は見出されていなかったとのこと。そして、もし共通の結果が得られれば、各菌の特徴と糖尿病発症のメカニズムを詳細に評価できるだろう、と仮説を立てています。

そして研究では、世界10コホート(アメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、中国)のべ8000人のショットガンメタゲノムデータを取得し、Ⅱ型糖尿病患者、糖尿病前臨床者、健常者で腸内細菌叢を比較し、Ⅱ型糖尿病の進行との関連を評価しています。

結果として、

①糖尿病で増加する菌(Clostridium bolteae)や減少する菌(Butyrivibrio crossotus)がいること、

②これらの細菌の中にはグルコース代謝異常と関連する遺伝子が多く腸内細菌の糖代謝異常が発症と関連している可能性があること、

③酪酸産生に関する遺伝子にも変動があり、酪酸による炎症抑制機構が発症抑制とかかわっている可能性があること、

などを明らかにし、細菌の機能が宿主の糖代謝異常と密接につながっている可能性を示唆しています。

 

ワインの産地、品種、年代などを予測するAI Food Chemistry誌

ワインの産地、品種、年代を予測できるAIを開発したという論文

タイトルは

Fusing 1H NMR and Raman experimental data for the improvement of wine recognition models

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814624018958

 

近年、メタボロミクスの技術を食品領域に展開した「フードミクス」という言葉も登場してきているように、食品領域においてもオミクスデータを使ったデータ分析や予測モデル作りは広く行われるようになりました。

画像解析を使った農産物の自動出荷判定、成分分析データをもとに類似する食品加工品の特徴をそれぞれ定義する、といった使われ方はよく目にするようになりました。

この論文では「ワイン」に注目し、解析データから産地、品種、年代などを予測できるモデルを作っています。

論文のイントロ読むと、特にワインにおいては「品種」「年代」などがそのまま価値となるため、偽装された商品が後を絶たず、簡便にこれらを判別する手法が求められていたようです。 

この論文で作った予測モデルでは、1H-NMRのメタボロミクスデータと、ラマン分光スペクトルが説明変数として使われています。(分析前に少し前処理は必要ですが)どちらも非破壊で分析できるという強いメリットがあり、以前からワインに関する判別モデル構築には使われていたようです。

NMRメタボロミクスデータとラマン分光スペクトルを組み合わせて作られた今回のAIモデル。その予測精度はなんと95%という驚異的な数値をたたき出しています。

もはや「飲まずに当てることができるソムリエ」です。

終わりに

今回は、腸内細菌叢によるトリプトファン代謝や短鎖脂肪酸産生との関連に迫った研究、Ⅱ型糖尿病者の腸内細菌叢の特徴を特定する研究、ワインの予測モデルを作った論文を紹介しました。

腸内細菌が作る栄養成分由来代謝物についてたくさん研究がされていますが、それらを制御する方法や予測する手法はこれからもたくさん出てくると思います。

予測するだけでなくそれを社会実装して活かす取り組みも今後出てくると思うので、引き続き注目です。

 

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企業研究職の特許・論文事情:どっちも読んでる?書いてる?研究職に聞きました。

この記事では、当ブログ運営者のツイッターアカウントを使用して、

「企業研究職の特許・論文事情」について調べたアンケートの結果をまとめています。

 

特に学生の皆様からからすると、

研究者は論文を読むのは普通だけど、企業の人は特許も読むらしい

くらいの情報しかないと思います。

 

また企業研究者の中にも、

自分はどちらか一方しかほとんど読まないけど、みんなどうなんだろう?

と気になる人もいるかなと思います。

 

そこで、本ブログの著者のツイッターアカウントを使用して企業研究職の皆様にアンケートを取り、

企業研究職の特許・論文事情」について調査しました。

以下のリンクから、私のアカウントを見ることができます。

ぜひフォローをお願いします!

今回は、

企業研究職の特許・論文事情:どっちも読んでる?書いてる?

という内容で、ツイッターアンケートの結果をまとめました。

企業研究職の特許・論文事情:どっちも読んでる?書いてる?

企業研究職は特許も論文も読んでいる?

早速、ツイッターを使用して研究職の皆様にアンケートを取りました。

まずは、

企業研究職の皆様、仕事で特許・論文は読みますか?」という質問を設定し、以下の4択で聞き取りました。

特許も論文もよく読む

特許はよく読むが論文はほぼ読まない

論文はよく読むが特許はほぼ読まない

特許も論文もほぼ読まない

 

結果はこちら↓

「どちらもよく読む」が約40%、「論文はよく読むが特許はほぼ読まない」も約40%を示す結果となりました。

 

また、この結果を「論文」あるいは「特許」という切り口で見てみると、以下のこともいえそうです。

・論文をよく読む企業研究者は80%を超えている。

・一方で、特許をよく読む研究者は50%程度にとどまっている。

 

世間一般では「企業研究では特許が大事」と言われている一方で、実際に現場で特許に頻繁に目を通しているのが約半数しかいないというのはかなり衝撃的で面白いです。

 

これの理由について、以下のようなことも考えられるかなと私は推察しています。

・論文を読む習慣は学生時代に身に着けている人が多く、多くの研究者が気軽に目を通せる。

・特許は検索方法や読み方について学生時代には習わないため、目を通すことに心理的ハードルがある人が多い。

 

この辺りは、会社での研修や普段の業務を通して、特許などに目を通す習慣をつけていくしかないのかなと想像させられます。

特許や論文の書き方について、社内で研修や指導の仕組みはあるか?

次は、特許や論文について会社として強化する制度が整っているかを調べる目的で、

特許や論文の書き方について、社内で研修や指導の仕組みはありますか?」というアンケートを設定し、

これまでと同じように4択にして回答していただきました。

結果はこちら↓

これはなかなか衝撃的。約60%の会社が「特許も論文も、書き方の指導や研修をしていない」ということが明らかになりました。

幸い、約40%の会社が特許に関する研修は行っているものの、それにしても半数近くは特許に関する指導を行っていないことが確認されました。

繰り返し書いている通り、企業での研究開発において特許はかなり重要性が高い仕事で、ビジネスを展開する上で特許に関する知識は不可欠です。

一方で、それを体系化して指導していない会社が一定数あることについては、日本全体の研究開発を考えるうえでも気にすべき点なのかもしれません。

 

特許や論文を出願したことがあるか?

次に、実際に特許や論文を主担当として出願・投稿したことがある人の割合について調査しました。

ツイッターで

特許や論文を出したことはありますか?(自分がメインで出願・投稿したものに限ります)」というアンケートを設定し、以下の4択で答えていただきました。

・特許も論文もある。

・特許はあるが論文はない。

・論文はあるが特許はない。

・特許も論文もない。

結果はこちら↓

かなりきれいに票が分かれ、両方経験がある人もどちらの経験もない人も一定数均等にいることが想定されました。

研究開発者としてツイッターを眺めている研究開発に関する情報収集意欲が高い人が多く、特許・論文の業績が多い方にバイアスがかかっている可能性もありますが、そこを差し引いてもかなり均等に分布しているなという印象でした。

企業研究者は、特許や論文を書きたいと思っている?

次に、研究者自身の特許や論文に対する意欲を調べました。

特許や論文を書きたいと思っていますか?」というアンケートを設定し、これまでと同じように4択で回答していただきました。

結果はこちら↓

 「特許も論文も書きたい!」と思っている研究者が約60%、どちらかだけでも書きたいと思っている人を加えると、80%以上の人が特許や論文を自ら出したいという意欲を持っていることが分かりました。

この結果には少し安心ですね。

 

一方で、研究者自身の意欲は高いのにもかかわらず、約半数の会社で特許や論文を出させるための研修や指導が体系的にできていないという状況は、「特許や論文は研究者個人の努力頼み」のような側面があることも感じさせられます。

この状況が、業績をどんどん出していきたい研究者のモチベーションを、会社の仕組みが下げてしまっている可能性がありますね。

私自身メーカー2社で研究開発職をしてきましたが、現職の方が特許・知財に関する指導が行き届いており、一定の質で特許出願ができそうという安心感があります。

業績をどんどん出していきたい研究者は、業績を出したいことを自らアピールするだけでなく、可能であればそのような会社の制度や環境づくりに励む、難しければ業績を出しやすい会社に転職するなど、自らアクションを起こしていく必要があるかもしれませんね。

(参考)回答者の年代

今回紹介した4つのアンケートは一連のツリーで行っており、その最後に回答者の年代の分布を聞き取りました。

20~30代が中心の結果となっていることを、ご留意ください。

まとめ

・企業研究者は、特許も論文もよく読む人が約半数。

論文をよく読む人が約80%いる一方で、特許をよく読む人は約50%程度。

・特許を書く指導や研修ができている会社は約50%しかない。

・特許あるいは論文を書いた経験がある人は約60%

・企業研究者の80%以上は、特許あるいは論文を書きたいと思っている

 

企業の研究では、特許や論文から情報を集め、得られた研究成果を特許として権利化していくことは非常に重要です。

自身の研究・業務のレベルを高めていくうえでも、特許や論文にはたくさん触れていきましょう。

  

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2024年6月28日:父親の腸内細菌が児に移る?など最新論文4報

この記事では2024年6月上旬~中旬に出版された最新論文を4報紹介します。

「父親の腸内細菌が子どもに移る」というこれまでの通説から大きく異なる結果を報告した論文や、食物繊維をたくさん食べると満腹感を感じるメカニズムを解明した論文や、適切なファスティング(断食)による健康への影響を評価した論文を紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月28日:最新論文4報

父親の腸内細菌が児に移る? Cell Host & Microbe誌

乳児の腸内細菌叢形成に、父親の腸内細菌叢も関わっていることを明らかにした論文。

タイトルは

Paternal and induced gut microbiota seeding complement mother-to-infant transmission

https://www.cell.com/cell-host-microbe/fulltext/S1931-3128(24)00176-8

 

これまでの通説では、腸内細菌は母親から子供に垂直伝播していること、そしてその傾向は経腟分娩で強く、帝王切開では母親から腸内細菌をうまく受け継げていけないことが多い、というものでした。

母親から腸内細菌を受け継ぐことが子どもの発育に大きく影響している可能性も示唆されており、その対処法として帝王切開児に母親の糞便懸濁液や膣液を適切に移植するといった研究もなされています。

上記が通説の中で、本研究では父親の腸内細菌も乳児に伝播しており、しかも母親由来の菌叢とうまくシンクロして乳児の菌叢形成に貢献していることを報告しています。

また、母親では経腟分娩or帝王切開で乳児腸内細菌への影響が大きく変わるといわれていますが、父親については分娩形態による影響の差は確認されなかったと、この研究では示されています。

少し気になったのは、母乳に含まれる主要オリゴ糖(ヒトミルクオリゴ糖)を代謝できる微生物は主に母親から伝播しているという点で、菌の種類ごとに父親or母親からの受け継ぎやすさがあり、乳児腸内での代謝活性に関与している可能性もありそうです。

 

食物繊維をしっかり取ると満腹感を感じるメカニズム Science Translational Medicine誌

食物繊維が豊富な食事をとることで満腹感が得られるメカニズムを解明したヒト介入試験の論文。

タイトルは

Diet shapes the metabolite profile in the intact human ileum, which affects PYY release

https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.adm8132

 

この研究は「食物繊維が食用を抑制するメカニズム、全然わかってないじゃん!」ということに着目し、実際に高繊維食と低繊維食をヒトに摂取してもらる介入試験(クロスオーバー試験)をデザインし、食欲調節や満腹感のメカニズムに迫っています。

 

この研究はそのやり方がすごくて、被験者は食品介入を受けている4日間、鼻からチューブを入れられた状態で過ごし、高繊維食もしくは低繊維食を摂取した後に継時的に小腸内容物を鼻から通したチューブを介して採取されています。

そして採取されたサンプルに含まれる栄養素・代謝物・ヒト由来のホルモンなどを分析し、満腹感とつながるメカニズムを調べています。

研究の結果、高繊維食の摂取した群では、回腸(小腸の一部分)で採取された内容物では、食欲抑制作用を示すペプチドホルモンであるpeptide YY (PYY)が多量に分泌されいることを確認し、これが食欲抑制(=満腹感)につながっていることを特定しています。

そしてその理由として、食品の消化で生じたアミノ酸類がL細胞からのPYY分泌にかかわっていることを明らかにしています。

適切なファスティングは高齢者認知機能維持に貢献? Cell Metabolism誌

「5:2間欠絶食」という、1 週間のうち2 日連続で摂取カロリーを適切に制限する食事療法が、高齢者の体組成や認知機能に影響するかを調べた介入試験。

タイトルは、

Brain responses to intermittent fasting and the healthy living diet in older adults

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1550413124002250

 

この研究で実施している「5:2間欠絶食」とは、1週間のうちの連続2日間について摂取カロリーを480kcalにとどめる方法で、インスリン抵抗性や脂質代謝の改善に有効であることが知られています。

この論文によると、この間欠絶食は認知機能について有効である可能性が示唆されているものの、ほかの食事療法(健康的な食事を支持する介入など)と比較あるいは組み合わせた際の有効性、および脳への影響についてはまだ不明で、この点を調べることに意義があると述べています。

そしてこの論文のヒト介入試験では、、インスリン抵抗性があるものの認知機能に問題がない高齢者を対象に2群を設定し、「①健康な食事療法のみ」と「②健康な食事療法+5:2間欠絶食」に割り付け、認知機能への有効性や脳MRIの画像解析などをしています。

 

結果として、「②健康な食事療法+5:2間欠絶食」の方が、体重減少率が良く、認知機能の中でも実行機能と記憶力の改善がみられたと報告されています。

ファスティングの有効活用が、糖尿病者の血糖コントロールに貢献 JAMA Network Open誌

II型糖尿病の成人に「5:2間欠絶食」という週2 日連続で摂取カロリーを適切に制限する食事療法をすると、血糖を適切にコントロールできることを確認した介入試験。

タイトルは

A 5:2 Intermittent Fasting Meal Replacement Diet and Glycemic Control for Adults With Diabetes: The EARLY Randomized Clinical Trial

https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2820237

 

こちらの論文も一つ上の論文と同じ、「5:2間欠絶食」の有効性を評価したヒト介入試験です。

対象者はⅡ型糖尿病成人、主要評価項目をヘモグロビンA1cに設定し、8週間の介入を行っています。対照群は2つ置いており、いずれもプラセボではなく、metformin投与群、empagliflozin投与群が設定され、比較対照とされています。

そして結果は驚くことに、薬剤投与群と比較して、間欠絶食群の方がヘモグロビンA1cの低下が短期間で確認され、体重減少率も間欠絶食群の方が良好だったと示されています。

医薬品以上に効果を出す食事指導、ポテンシャルがすさまじいなと感じる論文でした。

終わりに

今回は、父親の腸内細菌が子どもに伝播する、食物繊維が満腹感につながるメカニズム、ファスティングによる認知機能や血糖コントロールにつながることを確認したヒト試験、に関する論文を紹介しました。

最近、父親の要因が子どもに伝わり発育に影響する論文がたくさん出てきています。母親の影響だけでなく父親の関わり方も無視できなくなりつつあることを感じさせられます。今後様々な情報がでてくるでしょう。

 

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2024年6月26日:低分子とGPCRの新たな相互作用を明らかにした論文3報

生化学や生理学を研究されている方の多くは、「低分子化合物とGPCRの相互作用」や「GPCRを介したシグナル伝達」という部分についてよくなじみがあるのではないでしょうか。

例えば、短鎖脂肪酸とGPR41やGPR43、長鎖脂肪酸ならGPR40やGPR120、といった感じで、いくつかの組み合わせをすぐに連想できる方も多いと思います。

一見、これらの組み合わせやそれを介したシグナル伝達は、すでに多くのことが明らかになっているように感じてしまうかもしれません。

しかし、2023~2024年にかけて、誰もが知っている分子とGPCRの新たな相互作用などを報告した論文がトップジャーナルにたくさん出てきました。

個人的にも、この領域について未だ明らかになっていないことがたくさんあることを再認識させられました。

 

そこで今回は、「低分子とGPCRの新たな相互作用を明らかにした論文3報」にという内容で論文を紹介します。

 

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

低分子とGPCRの新たな相互作用を明らかにした論文3報

コレステロールが舌で苦味を感じる受容体シグナル伝達に関与 Nature誌

苦味を感じるメカニズムにコレステロールが関わっている可能性を示唆した論文。

タイトルは

Bitter taste receptor activation by cholesterol and an intracellular tastant

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07253-y

 

コレステロールと言えば、「LDL・HDL」のように脂質代謝やバイオマーカーとしての役割を連想する人や、「動物油脂に含まれる」のように食品学の側面を想像することが多いのではないでしょうか。

ところがこの論文では、舌の苦味受容体「TAS2R14」から苦味シグナルを伝達する過程において、コレステロールがそのトリガーの一つを担っていることを報告しています。

コレステロールと苦味、全く関連が想像できません…

 

TAS2R14という苦味受容体について、これまで100種類程度のリガンドが報告されていたようです。

しかし、リガンド結合後のシグナル伝達については分かっていないことが多かったとのこと。

 

この研究では、TAS2R14の立体構造を詳細に調べ、その結合ポケットにはまる分子を探索するという流れで研究が行われています。

その結果、苦味受容体TAS2R14には2つの複合体があり、片方はコレステロール、もう片方は苦味物質を認識することを明らかにしています。そして、この2つのリガンド認識が引き金となって苦味シグナルが走ることを明らかにしています。

遊離脂肪酸の二重結合位置が違うと、GPCRからのシグナルが変わる Science誌

遊離脂肪酸に含まれる不飽和結合の位置により、遊離脂肪酸受容体GPR120を介したシグナルが変わるという論文。

タイトルは、

Unsaturated bond recognition leads to biased signal in a fatty acid receptor

https://www.science.org/doi/10.1126/science.add6220

 

この記事の冒頭でも書いた通り、GPR120は遊離脂肪酸受容体の一つとして広く知られています。

一方で、GPR120にはさまざまな立体構造の脂肪酸が結合することも確認されており、脂肪酸の構造の違いをGPR120がどのように認識し、それに伴い伝達されるシグナルにどのような違いがみられてくるかは分かっていないことが多いようです。

 

この研究では、飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸について、それぞれ炭素数や二重結合の数・位置がことなる脂肪酸について、GPR120がこれらをどのようにして「別の脂肪酸」と認識しているかを、クライオ電顕や生理学的実験を駆使して迫っています。

研究により、GPR120のリガンド結合部位に芳香環を含む残基が存在しており、この芳香環のπ-π結合が不飽和脂肪酸の二重結合の位置を特異的に認識するカギとなっていることを明らかにしています。

また、脂肪酸の二重結合を区別して認識した結果として、その先のシグナル(Gq、Gi、Gs)の入り方にも違いが出てくることも確認されています。

グリシンの新しい受容体が見つかった Science誌

認知度も高く構造も単純なアミノ酸の一種グリシンについて、新しい受容体GPR158が見つかったという論文

タイトルは

Orphan receptor GPR158 serves as a metabotropic glycine receptor: mGlyR

https://www.science.org/doi/10.1126/science.add7150

 

この研究では、そもそもGPR158がニューロンの興奮やシグナル伝達において重要な受容体であり神経系疾患の治療の標的となるはずであったものの、その内因性リガンドが全く報告されておらず、それを見つけることがモチベーションだったようです。

そして実際にGPR158の立体構造解析を行って「アミノ酸が候補っぽい」という仮説を導き、アミノ酸を対象にスクリーニングを行ったところグリシンにのみ強い活性がみられたことを確認したようです。

グリシンの受容体については、これまでイオンチャネルしか報告がなく、GPCRへの作用やそれを介した生理的役割については全く報告がなかったようです(ちなみに、タウリンもGPCRの報告がないらしい)。

 

終わりに

今回紹介した3報はいずれも低分子化合物とGPCRの新たな関連を明らかにした論文でした。

ともすれば、「GPCRのリガンドやそのシグナルなんてもうわかってるんでしょ?」と思われそうですが、グリシン・コレステロールといった誰もが知っている低分子であっても、受容体やシグナル伝達において未解明なことがまだまだたくさんあるようです。

今年もこのような論文がたくさん出てくるかもしれませんね。

 

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2024年6月24日:ヒトの生物学的年齢を臨床データから算出など最新論文4報

この記事では2024年6月上旬~中旬に出版された最新論文を4報紹介します。

「臨床データからヒトの生物学的年齢を算出」という面白い取り組みを示した研究や、「動脈硬化病巣まで直接到達し、現場で活性酸素を除去して治療する」という信じがたいナノ技術を開発した論文、「樹状細胞の老化が抗腫瘍免疫を弱めている」、「栄養不良の子供に栄養介入をした際の腸内細菌叢の変化」などを調べた論文を紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月24日:最新論文4報

臨床データからヒトの生物学的年齢を算出し、老化研究に応用 Nature Aging誌

ヒト臨床データの主成分分析から個人の生物学的年齢「PCAge」を算出し、臨床試験のの有効性評価に有用である可能性を示した研究。

タイトルは

Principal component-based clinical aging clocks identify signatures of healthy aging and targets for clinical intervention

https://www.nature.com/articles/s43587-024-00646-8

 

生物学的年齢に関する研究は最近よく見かけると思いますが、その指標として「DNAメチル化」などが良く使われています。

しかしこの論文では、DNAメチル化は「実年齢の予測」には非常に有用だが、疾患リスクや死亡率を推定するにはまだ課題が多いと述べており、代替法の必要性に言及しています。

そしてこの論文では、「疾患リスクや死亡率などの予測に有用な生物学的年齢指標」の算出に取り組んでいます。

その結果として実際にいわゆる「臨床データ」を組み合わせた主成分分析(PCAと呼ばれます)という次元圧縮解析から算出される特徴量が、上記の課題を達成した「生物学的年齢」として有用と結論付けています。

そしてこの指標を臨床試験結果の解析に適用できるかも確認しています。

この指標を2年間のカロリー制限を受けた成人への介入試験の結果に適用したところ、介入群で対象群よりも老化率が低かったことも確認しており、臨床研究へ十分利用できる可能性を示しています。

動脈硬化病巣まで直接到達して治療するナノシート素材 Nature Nanotechnology誌

動脈硬化巣まで到達しての活性酸素種を除去し、症状を治療できるナノシート素材を開発したという論文。

タイトルは

Resolvin D1 delivery to lesional macrophages using antioxidative black phosphorus nanosheets for atherosclerosis treatment

https://www.nature.com/articles/s41565-024-01687-1

 

アテローム性動脈硬化症の治療には様々な方法が使われているようですが、炎症部位ピンポイントで症状を改善させ、疾患全体の治療につなげていく治療法の開発が盛んなようです。

そしてこの研究では、アテローム性動脈硬化症の炎症部位に直接送達でき、炎症部位特異的な治療を実施できるナノ素材「black phosphorus nanosheets(日本語だと、黒リンナノシート?)」を開発したことを報告しています。

細かい原理はちょっと理解できませんでしたが、炎症部位に到達したこのナノシートは、そこで活性酸素種の除去できる活性を有しており、これにより炎症の進行を食い止め、動脈硬化の治療につなげているようです。

さらに面白いことに、このナノシートには抗炎症性脂質である「レゾルビンD1」を結合させることができるそうです。

これにより、病巣に届いた際には活性酸素除去だけでなくレゾルビンD1の抗炎症作用も同時に発揮されるようになるらしく、動物試験でも良好な結果が得られたようです。

 

樹状細胞の老化が抗腫瘍免疫を弱めている Cell誌

老化マウスでは、樹状細胞(DC)の活性が若年マウスより低く、これにより免疫チェックポイント阻害剤による抗腫瘍効果も低下することを示した論文。

タイトルは、

Correction of age-associated defects in dendritic cells enables CD4+ T cells to eradicate tumors

https://www.cell.com/cell/abstract/S0092-8674(24)00535-X

 

この研究で最初に、腫瘍に対するPD-1やCTLA-4の免疫療法を適用した際に、若齢マウスと比較して老齢マウスでは腫瘍の改善がなかなかできないことを示しており、老化によりガン免疫のどこかで機能不全が起きていることを仮説を立ててます。

研究グループはその理由の一つとして樹状細胞の活性に着目し、実際樹状細胞の活性化が若齢マウスより高齢マウスで大きく減退していることを確認しています。

そして仮説通り、高齢マウスの樹状細胞を活性化(本文では過剰発現みたいなニュアンス)させることで、抗腫瘍免疫が獲得できることを示しています。

ただ、若齢マウスと高齢マウスでは腫瘍免疫惹起のメカニズムが異なるようで、若齢マウスではCD8+T細胞が、高齢マウスではCD4+T細胞が、それぞれ直接腫瘍に作用しているようです。

栄養不良児への栄養介入で、腸内細菌叢が劇的に変化 Nature Communications誌

6-14歳の子供に6ヶ月間栄養強化米を摂取させて栄養改善を目指す、カンボジアでの取り組みに関する研究

タイトルは

Faecal microbiota of schoolchildren is associated with nutritional status and markers of inflammation: a double-blinded cluster-randomized controlled trial using multi-micronutrient fortified rice

https://www.nature.com/articles/s41467-024-49093-4

 

発展途上国では約半数近くの子供が栄養不良で発育していることも少なくなく、国によってはその改善に向けた取り組みを行っています。

カンボジアでは、「カンボジアの学童のための栄養強化米」(FORISCA)というプロジェクトが行われており、このプロジェクトにより約9500人の子供が栄養強化米の介入を受け、栄養不良や発育不良の改善に貢献していることが論文の冒頭で述べられています。

この論文では、「介入により腸内細菌叢にどのような変化があったか」に着目して解析が行われており、介入による菌叢の変化や代謝遺伝子の変化、ベースラインの特性と細菌叢の関連について評価しています。

結果としては、

・ベースラインにおいて、栄養不良の状態(貧血、ビタミンA欠乏)と腸内細菌組成にはかなり強固な関連があった。

・介入前後で腸内細菌叢組成が結構大きく変わった。

・介入前後で、腸内細菌における栄養素代謝活性が大きく変わっていた。特に、介入前に鉄欠乏やビタミンA欠乏を持っている人とそうでない人では、変化の仕方が異なる。

といったことが明らかになったそうです。

終わりに

今回は、疾患リスクや死亡率の予測に使えるかもしれないヒトの生物学的年齢、動脈硬化を現場で除去して治療するナノシート、樹状細胞の老化と抗腫瘍免疫、栄養不良児への栄養介入と腸内細菌叢、に関する論文を紹介しました。

疾患リスク予測に関する研究はたくさん出てきていますが、実際の個人の状態をより正確に捉え、生物学的健康全体をある程度正確に見通せる指標がでてくれば、普段の生活において心がけるべきことが一人一人分かりやすくなるかもしれません。

 

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2024年6月21日:睡眠不足は記憶力を損なう?など最新論文4報

この記事では2024年6月上旬~中旬に出版された最新論文を4報紹介します。

「睡眠不足が学習記憶の定着を妨げる」という普段の生活と密接に絡む研究や、概日リズムががんの転移と関連していることを明らかにした研究、植物油の光酸化をリアルタイムで確認する方法を開発した論文、などを紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月21日:最新論文4報

睡眠不足は記憶力を損なう Nature誌

睡眠不足が記憶定着に重要な海馬の機能に悪影響を及ぼしている可能性を示した動物試験の論文。

タイトルは

Sleep loss diminishes hippocampal reactivation and replay

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07538-2

 

脳の中でも海馬と呼ばれる領域が学習後の記憶の定着に重要であることは知られていますが、特に睡眠中にその記憶定着は図られているようです。

その記憶定着の際、海馬では記憶保持に重要な「リップル波」と呼ばれる脳波が流れており、動物モデルなどでこのリップル波の様子を検知することで海馬における記憶定着状況が確認できるようです。

 

この研究では動物実験で、記憶保持に大きく関わる海馬のCA1ニューロンを12時間観察し、睡眠時のリップル波の様子を観察したとのこと。

その結果、睡眠不足のマウスでは睡眠中のリップル波の波形が通常と異なる(幅が小さく、周波数が大きい)ことを確認したそうです。

そして、この現象が学習状況に寄与することを、マウスの行動実験などを織り交ぜて確認しています。

がんの転移に概日リズムが関与する Cell Metabolism誌

概日リズムの乱れが大腸ガンの転移と関連することを示した論文。

タイトルは、

Dysfunctional circadian clock accelerates cancer metastasis by intestinal microbiota triggering accumulation of myeloid-derived suppressor cells

https://www.cell.com/cell-metabolism/abstract/S1550-4131(24)00172-4

 

ガン免疫が概日リズムに支配されているという研究が最近急増していますが、この研究は「ガンの転移」についても会日リズムの乱れが悪影響を及ぼしている可能性を報告しています。

 

この研究ではまず大腸ガンの患者を対象に調査し、ガンの転移状況が単球や顆粒球の挙動が概日リズムの乱れにより影響を受けていることを確認しています。

その後動物モデルでの検証に移り、概日リズムの乱れがMDSCのガン組織への集積、機能不全CD8T細胞の蓄積などを引き起こし、これがガンの転移促進と関連している可能性を示唆しています。

さらに、免疫抑制細胞であるMDSCのガン組織への集積において腸内細菌由来代謝物のタウロコール酸が寄与していることを明らかにしており、腸内細菌⇒タウロコール酸⇒MDSC蓄積⇒ガン転移促進、という流れがあることを示唆しています。

ヒトの脂肪性肝疾患を動物モデルで評価する独自指標を開発 Nature Metabolism誌

ヒトの脂肪性肝疾患(MASLD)を体現するマウスモデルが無いという課題に対して、マウスのオミクスデータを元に「MASLDヒト近接スコア」を開発して動物での評価に使えることを示した研究。

タイトルは

An unbiased ranking of murine dietary models based on their proximity to human metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease (MASLD)

https://www.nature.com/articles/s42255-024-01043-6

 

論文によると、NAFLDなどとは発症メカニズムが異なるMASLDについて、ヒトの症状を適切に反映する動物試験モデルがなく、それが原因で研究が十分に進められていなかったそうです。

 

そこでこの研究では、過去に「MASLDの研究モデル」として使用されてきたさまざまなマウスモデルを使い、その取得データをもとにヒトMASLDをどのくらい体現できているかを示すスコア「MASLDヒト近接スコア」を開発し、今後の研究に役立てられることを報告しています。

具体的には、代謝表現型、肝臓の組織病理学、トランスクリプトームなどのマルチデータを取得し、この結果とヒト症状との整合性を照らし合わせることで、ヒトのMASLDとの同等性をスコア化する取り組みを行ったようです。

 

実際、この近接スコアが、ヒトにおける肝臓線維化の状態や代謝変化についてマウスでも同様の変動がみられることを正しく示せていることを報告しています。

まだ若干課題がありそうな雰囲気もありますが、今後のMASLDのin vivo研究において重要なスコアになるかもしれません。

植物油の光酸化をリアルタイムで測定する Food Chemistry誌

植物油の光酸化を、非破壊・リアルタイムで測定する方法を開発した論文。

タイトルは

Real-time monitoring of vegetable oils photo-oxidation kinetics using differential photocalorimetry

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814624016613

 

食品界隈では、「植物油の品質管理は酸化との戦い」と言われるくらい、油の酸化に対する対策は重要です。

酸化の原因はもちろん酸素ですが、この酸化を加速させる触媒の一つが「光」です。

そのため、「光」を物理的にブロックすることが重要です。スーパーで一部の油が遮光ボトルに入っているのはそのような理由です。

 

光によって進む酸化「光酸化」は、光と酸素がある限り進んでしまうため、品質管理もかねて常に確認しておくことが理想的です。しかし、リアルタイムで光酸化の進行を確認できる確立した方法がこれまでなかったようです。

そこでこの研究では、「示差光熱量測定法(DPC)」を活用して、油脂の光酸化を非破壊・リアルタイムで確認する方法を開発しています。

DPCを用いて酸化に伴い発生する僅かな熱の動きを感知することで、酸化の進行をモニターしているようです。

精度の確認も行っており、従来のLC-DAD法(こちらは破壊分析)と比べても遜色ない結果が得られているようです。

 

終わりに

今回は、睡眠不足が記憶の定着に悪影響を与えるメカニズムを調べた研究、ガン転移と概日リズムの関連を調べた論文、植物油の光酸化をリアルタイムで測定する論文、などを紹介しました。

特に睡眠不足と記憶の定着については、大人だけでなく普段勉強を生業としている子供たちにとっても重要な情報です。みなさん、ちゃんと睡眠はとりましょう!

 

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2024年6月19日:腸内細菌が性ホルモン合成・代謝にかかわっている驚きの論文3報

腸内細菌が生理活性物質の合成分解などに関わり、宿主の健康に大きく関わっていることは広く知られています。

その影響範囲はすさまじく、生理活性物質の代謝を通して疾患発症や予防にも強く関わっている細菌も多数見つかっており、実際医学領域へ応用されています。

一方で、通常体内で合成され、その状態が年齢に応じて変化していく、テストステロンやエストラジオールなどの性ホルモン。

何と、これら性ホルモンの合成や分解にも腸内細菌が大きく影響し、性ホルモンが原因となるうつ症状や妊娠期の体内状態の変化にもかかわっていることが分かってきているようです。

 

今回は、「腸内細菌が性ホルモン合成・代謝にかかわっている驚きの論文」を3報紹介します。

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

腸内細菌が性ホルモン代謝にかかわっている驚きの論文3報

エストラジオールを分解し、閉経前女性の鬱発症にかかわる腸内細菌 Cell Metabolism誌

閉経前女性のうつ症状発症と関連する腸内細菌Klebsiella aerogenesを見つけ、 この菌がエストラジオールを分解する酵素を持っていることを明らかにした論文。

タイトルは、

Gut-microbiome-expressed 3β-hydroxysteroid dehydrogenase degrades estradiol and is linked to depression in premenopausal females

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1550413123000530

 

この菌を投与したメスマウスでは血中エストラジオール濃度が下がり、うつ症状が強くなったそうです。 また、この菌はうつ症状がある閉経前女性において存在割合が高いそうです。

テストステロンを分解し、男性の鬱症状を促す腸内細菌 Cell Host & Microbe誌

先ほどと同じ研究グループからの論文。男性ホルモンの一種テストステロンを変換する腸内細菌Mycobacterium neoaurumを見つけ、この菌をマウスに飲ませるとうつ症状が悪化することを明らかにした論文。

タイトルは

3β-Hydroxysteroid dehydrogenase expressed by gut microbes degrades testosterone and is linked to depression in males

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1931312822000373

 

うつ症状を持つ男性においてこの菌の存在割合が高いことも確認しており、この細菌によるテストステロン分解が男性の鬱症状と強く関連している可能性が示唆されています。

腸内細菌が水素ガスでコルチコイドからプロゲスチンを作る Cell誌

腸内細菌2種が、水素ガスを使って腸管内でコルチコイドを性ホルモンであるプロゲスチンへ変換することを明らかにした論文。

タイトルは

Gut bacteria convert glucocorticoids into progestins in the presence of hydrogen gas

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0092867424005142

 

この研究がすごいのは、腸内細菌によるプロゲスチン合成が妊娠中の体内濃度に影響する可能性を示したことにあり、実際に妊娠後期女性の糞便でプロゲスチン濃度とこの代謝遺伝子を持つ細菌の割合が増加していたことも確認しています。

終わりに

今回は、腸内細菌が性ホルモンを合成・代謝し、宿主のうつ症状や妊娠適応と関連していることを示した論文を紹介しました。

腸内細菌が性ホルモンの制御にまで関わっていることは衝撃的ですし、改めて腸内細菌の影響の大きさを感じます。

自分の腸内細菌叢の特徴や状態を早めに知っておくことは、ライフステージごとの性ホルモン関連の問題にも適切に対処するヒントとなるかもしれません。

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2024年6月17日:キシリトールが心疾患リスクを高める?など最新論文4報

この記事では2024年5月下旬~6月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

「キシリトールが心疾患リスクを高めるかも」という、普段ガムを噛んでいる私にはびっくりする論文が登場したほか、インフルエンザウイルスの細胞感染メカニズムに迫った研究や、EPAの有効性に遺伝子多型が絡むことを示したヒト研究の論文、などを紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月17日:最新論文4報

キシリトールが心疾患リスクを高める European Heart Journal誌

キシリトールの摂取が心血管疾患リスクの上昇と関連することを報告した論文。

タイトルは

Xylitol is prothrombotic and associated with cardiovascular risk

https://academic.oup.com/eurheartj/advance-article-abstract/doi/10.1093/eurheartj/ehae244/7683453

 

キシリトールは、砂糖の数千倍の甘みを呈するにも甘味料にもかかわらずカロリーが砂糖より大幅に低いことが知られており、日本では「キシリトールガム」などで特定保健用食品にも利用されている甘味料です。

今回の研究では、キシリトールの摂取量が将来の心疾患リスクの上昇と関連することが報告され、Twitter界隈でも話題になっていました。

 

この研究では、以下のようにコホート研究・動物試験・ヒト介入試験で何度も確認を行っています。

・前向き探索コホートで、心疾患リスクと関連するノンターゲットメタボロミクスを行ったところ、キシリトールが候補として出てきた。

・検証コホートでは、血中キシリトール濃度を測定して情報を追加しつつ、このコホートでも同様の関連がみられた。

・動物試験でキシリトールを摂取させると、血栓形成を促すバイオマーカーの上昇が確認された。

・上記のバイオマーカーの上昇は、キシリトールを摂取するヒト介入試験でも同様に確認された。

 

今後、メカニズムの詳細も明らかになっていくかもしれません。

インフルエンザの感染・増殖にグルタミン酸受容体が関与 Nature Microbiology誌

インフルエンザウイルスが細胞内へ侵入・感染する際に、グルタミン酸受容体mGluR2を直接認識して利用しているという論文。

タイトルは、

Influenza virus uses mGluR2 as an endocytic receptor to enter cells

https://www.nature.com/articles/s41564-024-01713-x

 

インフルエンザウイルスは宿主に感染する際、表面に出ているヘマグルチニンを宿主細胞表面にあるシアル酸受容体に結合させて細胞内にエンドサイトーシスで侵入していきます。

しかし論文によると、受容体認識後にエンドサイトーシスで細胞内へ取り込まれるまでの間のシグナル伝達機構は分かっておらず、どのようなシグナルが関連しているかはわかっていなかったそうです。

この論文では、上記のシグナル伝達において2つの受容体「potassium calcium-activated channel subfamily M alpha 1 (KCa1.1)」と、「metabotropic glutamate receptor subtype 2 (mGluR2) 」の関与を明らかにしたそうです。

特に、グルタミン酸受容体であるmGluR2はインフルエンザウイルスのヘマグルチニンを直接認識することで、エンドサイトーシス開始のシグナルを走らせていることを報告しています。

 

実際、mGluR2のKOマウスを作成してインフルエンザウイルスを投与しても、肺での増殖や脳への転移が抑えられたことが確認されており、この受容体の役割の大きさを感じさせられます。

 

脂肪酸代謝酵素の遺伝子多型が、EPAの有効性を決める AJCN誌

エイコサペンタエン酸(EPA)による大腸ポリープ予防効果に、脂肪酸代謝酵素FADS1の遺伝子多型が関わる可能性を示したヒト試験。

タイトルは

Fatty acid desaturase insertion-deletion polymorphism rs66698963 predicts colorectal polyp prevention by the n-3 fatty acid eicosapentaenoic acid: A secondary analysis of the seAFOod polyp prevention trial

https://ajcn.nutrition.org/article/S0002-9165(24)00527-6/fulltext

 

FADS1は脂肪酸代謝酵素の一つで、体内に存在する脂肪酸の特定の位置を不飽和化(単結合をシス型二重結合にする)する働きを持っています。

この酵素により、オメガ6脂肪酸の一種アラキドン酸が多く合成され、このアラキドン酸を起点に体内でさまざまな炎症性脂肪酸代謝物が作られていくことが知られています。

一方で、オメガ3脂肪酸のEPAからはさまざまな抗炎症性の脂肪酸代謝物が作られますが、その酵素はアラキドン酸とほぼ同じものを使用しています。

すなわち、食事から摂取したEPAの抗炎症効果を効率よく得るには体内でアラキドン酸濃度が低い方がよく、FADS1の働きがあまり強くない(=アラキドン酸があまり作られない)ほうが望ましいかもしれないという仮説があります。

この研究では、EPAをアスピリンと併用することで大腸ポリープの予防につながるかを調べた過去の介入試験の二次解析を行っており、大腸ポリープ予防に対するEPAの有効性がFADS1の遺伝子型で変化するかを確認しています。

結果として、FADS1rs66698963の遺伝子多型をもとにサブグループ解析を行った結果、遺伝子型によってEPAの有効性が異なることが確認され、FADS1遺伝子型に伴う脂肪酸代謝の個人差がEPAの有効性にかかわっている可能性を示唆しています。

そのメカニズムの仮説としては冒頭の通りで、FADS1の遺伝子型によって体内でアラキドン酸を合成する能力が高い人と低い人がおり、この差がEPA摂取後の代謝・抗炎症性代謝物の産生にかかわっているのではと考察されます。

 

クリームチーズ製造工程で、Caを減らしても影響はないのか? Food Chemistry誌

クリームチーズ製造工程で、通常工程に加えて陽イオン交換を行った際に、製品の成分・物性与える影響を調べた論文。

タイトルは

Modulation of cream cheese physicochemical and functional properties with ultrafiltration and calcium reduction

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814624016601

 

クリームチーズを向上などで製造する際、通常は限外濾過を行い、酸性のホエイが過剰に出ることを防いでいるようです。

この研究では、限外濾過に加えて陽イオン交換を行ってCaイオンを低減することで、酸性ホエイの排出量を減らしつつチーズの物性への影響を最小限にできないかを調べたようです。

「クリームチーズ製造中にCa濃度を下げるのって、酸性ホエイの過剰分泌を減らすにはいい方法なんだよな~。結構物性が変わっちゃうらしいけど、方法調整すればうまくいくんじゃないかな?」

というのがモチベーションのようです。

 

論文では試行錯誤を経て様々なデータを取っていますが、以下のようにまとめています。

・Caの低減は酸性ホエイを減らすにはよい方法。

・Caを減らすと、チーズ中のペプチドが減ってしまうが、熱安定性が高まる。

・チーズの硬さ・粘性への影響は限定的である。

 

私はチーズの製造などには関わっていませんが、食品加工における化学的な知識やその応用が、普段口にするチーズの物性・味・栄養などに大きく貢献していることを再認識させられました。

終わりに

今回は、キシリトール摂取と心疾患リスクの関連を調べた論文、インフルエンザウイルスの細胞新入メカニズムの論文、脂肪酸代謝酵素とEPAの有効性を調べた論文、などを紹介しました。

この記事では食品・栄養系の論文が中心になりましたが、普段はこの領域以外の論文もたくさん掃海していますので、別の記事もぜひご覧くださいませ。

 

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2024年6月14日:妊娠中の母親の栄養不足は子の老化を早める?など最新論文4報

この記事では2024年5月中旬~6月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

「妊娠期に栄養不良だった母親から生まれた子供は、老化も早い」とい改めて妊婦における栄養の重要性を示す論文や、皮膚の修復において実は皮下脂肪組織が重要と示した論文、膨大な天然微生物のゲノム情報から新規抗菌ペプチドを同定したという論文、などを紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月14日:最新論文4報

妊娠中の母親の栄養不足は、子の老化を早める? PNAS誌

父親のミトコンドリア情報が子どもの健康に影響することを示した衝撃の論文。

タイトルは

Accelerated biological aging six decades after prenatal famine exposure

https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2319179121

 

世界的に、特に栄養学では非常に有名なコホート研究である、1944-45年のオランダの飢餓「Dutch Famine」

第二次世界大戦中、オランダの一部地域がドイツ軍の経済封鎖を受けて食料品などが届かなくなり、住民は約半年間の厳しい冬の時期を飢餓状態で過ごすことを余儀なくされました。

この時、妊婦も十分な栄養が摂取できず、低栄養状態を強いられていました。

そしてのちの研究から、飢餓の時期に妊娠していた妊婦から生まれた子供はその後生活習慣病や統合失調症などの発症が極端に多くなっていることが分かり、この研究を機に妊娠期の栄養状態が児の発育に強く影響する「DoHaD」の概念が登場しました。

この論文では、この当時に生まれた人達が「生物学的年齢」という観点においても出生時の低栄養状態の影響を受けているかを調べています。比較対象としては、この短期的な飢餓が過ぎ去った翌年に同じ病院で生まれた人を採用しています。

結果、58歳になった際に血液を採取しDNAメチル化を確認したところ、低栄養状態で出生した人の方が生物学的年齢が高い値を示したことが示されたそうです。

この研究はDoHaDの観点で非常に示唆に富んでいるように感じます。

特に、日本で近年危惧されている、「若年女性の痩せ」の問題に対しても、一つ問題提起をしているように感じました。

傷ついた皮膚の修復に、皮下白色脂肪組織がかかわる Cell Metabolism誌

皮膚の修復と再生に皮下白色脂肪組織(sWAT)が関わることを示した研究。

タイトルは、

The browning and mobilization of subcutaneous white adipose tissue supports efficient skin repair

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1550413124001815

 

論文のイントロによると、皮膚の修復と再生において脂肪組織が重要であることは研究されてきたようです。

しかし、これまでは真皮白色脂肪組織(dermal white adipose tissue)の報告はあるものの、皮下白色脂肪組織(sWAT)の関与については全く分かっていなかったとのこと。

研究者たちは、sWATがその後ベージュ化や褐色化して様々なアディポカインなどを分泌する機能があり、これが皮膚に何らかの影響を与えているのでは?と仮説を立てていたようです。

研究では、実際にsWAT由来の成熟脂肪細胞が皮膚の修復・再生に働くことを示しています。

具体的には、以下の機序が起きているようです。

・皮膚創傷部にsWATが入りこみ、そこで褐色化する。

・褐色化した脂肪細胞が、ニューレグリン4(NRG4)という神経栄養因子を発現する。

・NRG4が、マクロファージの極性化や筋線維芽細胞の機能を制御し、皮膚修復を促している。

食品中マイクロプラスチックの吸収は、加工・調理法の影響を受ける Food Chemistry誌

食品に微量に含まれるマイクロプラスチックには多様な添加物が含まれており、一緒に摂る成分や調理法がこれら添加物の腸からの吸収率に影響する可能性を示した論文。

タイトルは

Processes influencing the toxicity of microplastics ingested through the diet

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814624015978

 

食品に微量ながらマイクロプラスチックが含まれているのは耳にしたことがある方もいると思います。実際論文のイントロでは、様々な食品中の含量が記載されており、ちょっとびっくりします。

一般的に、多くの食品はその調理の際に加熱工程が含まれていますが、この論文ではその加熱工程が、摂取後腸内でマイクロプラスチックに包含されている環境物質や添加物の放出につながっているのでは?と考えたようです。

論文での報告を見ると、

・実際にマイクロプラスチックの中には微量ながら多様な添加物や環境物質が含まれている。

・添加物の一部(フタル酸エステル、ベンゾフェノン、N-ブチルベンゼンスルホンアミド(NBBS)、ビスフェノールA)は、加熱調理に伴って液体中に放出される。

・加熱調理に使用する際、水が汚染されている、もしくは脂質を多く含んでいると、上記物質の放出がより促されてしまう。

ということを報告しています。

マイクロプラスチック自体が血中に入り込んでいるという研究も見たことがありますが、腸管で環境物質を放出していることやそれに加熱調理や水・脂質が絡んでいるということは、食品をずっとやってきた私にとっても驚きでした。

 

膨大なマイクロバイオームデータから新規抗菌ペプチドを探索・同定 Cell誌

生物・環境のあらゆる微生物についての膨大なゲノムデータセットと機械学習モデルを構築し、未知物質も含むペプチドライブラリーを作って新規抗菌ペプチドを探索・同定した論文。

タイトルは

Discovery of antimicrobial peptides in the global microbiome with machine learning

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(24)00522-1

 

この研究の仮説では、微生物はヒトなどの生物体内だけでなく地球環境の様々な場所に存在しており、相互の共生関係を維持する中で様々な抗生物質を分泌しあっているはずだ、と考えています。

そして、これら抗生物質の中にはヒトの疾患治療に有効であるものがまだまだ眠っているはずであり、天然の微生物ゲノムデータを駆使すれば合成されるタンパク・ペプチドを同定することで、実用化できる抗生物質として吊り上げられるはずだ!というのがモチベーションのようでした。

この論文では、公開データベースにある微生物ゲノム情報を集積・統合・カタログ化し、その配列情報(ORF)を既存の抗菌ペプチドデータを学習したモデルに組み込み、機械学習モデル「AMPSphere」を作成しています。これにより、配列情報から合成されるタンパク・ペプチドを導き出すことができるようになっているようです。

実際にAMPSphereを使用した結果、何と約90万もの抗生物質候補ペプチドが同定され、そのスケールの大きさを物語っています。

この研究ではその後、そのうち100種を実際に合成して抗菌活性を評価し、63種で病原菌に対する抗菌活性を確認したとのことを報告しています。

 

終わりに

今回は、妊娠期の栄養状態の重要性を再確認する論文と、皮膚修復と皮下脂肪の関連、食品マイクロプラスチック、膨大なマイクロバイオームデータら新規抗菌ペプチドを探索・同定する研究、を紹介しました。

特に、妊娠期の母親の栄養については、これまでも多くの研究がその重要性を示しています。痩せ信仰が依然残っている日本人女性の皆様に少しずつでいいので伝わっていってほしいところです。

 

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2024年6月12日:定期的な運動で代謝がどう変わるかを徹底的に調べた論文4報

「健康のために、定期的に運動しましょう。」という、よく言われるこのフレーズ。

確かにその通りなんですが、運動すると体にとってどんないいことがあるのか、まだまだ分かっていないことが多いようです。

特に、私たちの外からは見えない身体の中の臓器も、定期的に運動することで健康な状態を維持できるといわれています。しかし、各臓器で具体的に何が起きているかは、私たちには体感できません。

そのため、運動を定期的にすることで体内の臓器においてどのような変化があるのかは、動物試験で調べられています。

その中で今年2024年の4月、ある大規模なプロジェクトから、ラットに運動させたときに体のあらゆる臓器で何が起きているかを徹底的に調べた、続々と論文が登場しています。

 

そこで今回は、「定期的な運動で代謝がどう変わるか」を徹底的に調べた論文4報を紹介します。

紹介する論文はすべて、Molecular Transducers of Physical Activity Consortium (MoTrPAC)というプロジェクトの中で行われている研究で、2024年4月以降にその全貌を示したNatureの論文を皮切りに、派生する3つの論文も出版されているものです。

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

定期的な運動で代謝がどう変わるかを徹底的に調べた論文4報

習慣的に運動させたラットの体内組織を、マルチオミクス解析してデータ化 Nature誌

まずは、MoTrPACというプロジェクトで何を調べ、それがとんでもない規模であることを示したNatureの論文。

タイトルは、

Temporal dynamics of the multi-omic response to endurance exercise training

https://www.nature.com/articles/s41586-023-06877-w

 

この論文の趣旨は、習慣的な運動による体内代謝状態の変化をマルチオミクスでデータ化し、今後の詳細な研究に役立てること。

具体的には、ラットに8週間運動させ、各組織を採取してマルチオミクス解析を実施しています。

ただその規模がすごく、オス/メス両方について、全血、血漿、18組織のトランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、リピドーム、ホスホプロテオーム、アセチルプロテオーム、ユビキチルプロテオーム、エピゲノム、イムノームを全部やっています。しかも、0~8週間のうち4点で上記を実施しています。

ご察しの通り、すさまじいデータ量です。

データはプラットフォームに保管されており、誰でも使用できるそうです。

 

この後紹介する論文3報では、この論文で蓄積したデータを使って具体的な現象やメカニズムに迫った研究が示されています。

習慣的な運動のよるミトコンドリア機能の変化を捉える Cell Metabolism誌

まずは、運動したラットのマルチオミクスの結果をもとに、特に運動のよるミトコンドリアの機能についてまとめた論文。

タイトルは

The mitochondrial multi-omic response to exercise training across rat tissues

https://www.cell.com/cell-metabolism/fulltext/S1550-4131(23)00472-2

 

45個の研究、総勢約1000万人が対象となったこちらのメタアナリシス。健康アウトカムも多岐にわたっており(mortality, cancer, and mental, respiratory, cardiovascular, gastrointestinal, and metabolic health outcomes)データの膨大さに圧倒されます。

結果としては、超加工食品への曝露が増加すると、死亡率、精神疾患、心臓代謝系疾患のリスクが増加することを確認しています。

運動が皮下脂肪の代謝状態に与える影響には性差がある Nature Metabolism誌

習慣的な運動で皮下白色脂肪組織の代謝がどう変わるか、運動ありorなしラットの各組織を8週間継時的にマルチオミクスした研究。

タイトルは

Sexual dimorphism and the multi-omic response to exercise training in rat subcutaneous white adipose tissue

https://www.nature.com/articles/s42255-023-00959-9

 

運動の影響に性差があることを見つけています。雄は好気性代謝、雌はインスリンシグナルや脂肪形成で変化があったそうです。

運動による疾患関連遺伝子の発現変化を網羅解析 Nature Communications誌

習慣的に運動させたラットの各組織における疾患関連遺伝子発現への影響を調べた論文。

タイトルは

The impact of exercise on gene regulation in association with complex trait genetics

https://www.nature.com/articles/s41467-024-45966-w

 

また、ラットの結果を別のヒトデータと突き合わせて評価しています。考察では特に心臓代謝、体脂肪、喘息に関連する遺伝子に言及しています。

終わりに

定期的な運動は身体のあらゆる組織にいい影響を与えますが、ヒトではそれを徹底的に調べることはできません。

この「MoTrPAC」の中で行われている運動したラットのマルチオミクスデータは運動による影響を徹底的に評価する足掛かりとなり、今後の運動研究の大きな基盤となってくる可能性があります。

2024年4月から論文が多数出てきているので、今後も動向に注目です。

 

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2024年6月10日:ミトコンドリアで大きく盛り上がった今週の2報、など最新論文4報

この記事では2024年5月中旬~6月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

「ミトコンドリア治療を経口摂取で実施できる製剤を開発した」という、ミトコンドリア治療の今後の未来を大きく変える論文や、「父親の精子ミトコンドリアが子供の健康に影響する」というこれまでの常識をひっくり返すような論文などを紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月10日:最新論文4報

妊娠前の父親のミトコンドリアの情報が、精子を介して子供の健康に影響する Nature誌

父親のミトコンドリア情報が子どもの健康に影響することを示した衝撃の論文。

タイトルは

Epigenetic inheritance of diet-induced and sperm-borne mitochondrial RNAs

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07472-3

 

ご存じの通り、ミトコンドリアは母親から受け継ぎます。しかしこの論文では、父親の食生活などの生活習慣が精子ミトコンドリアのRNAに影響し、これが受精後にepigeneticな作用を発揮することを示しています。

動物試験では、雄マウスに妊娠前に高脂肪食を摂取させると、精子ミトコンドリアtransferRNAに短い断片が多く出現し、この短いRNA断片が受精後に転写調節の作用を発揮した結果、仔の代謝障害につながることを報告しています。

そしてこの論文がすごいのは、ヒトでも同じような事象を見つけたこと。

ヒト男性の精子中の ミトコンドリアtransferRNA断片がその人のBMIと相関しており、妊娠前後の父親の体系が肥満だと生まれてくる子の肥満リスクが 2 倍になることを、ヒト観察研究から明らかにしています。

父親のミトコンドリアの情報が子どもに影響するということだけでも衝撃的ですが、そこに父親の生活習慣も強く関わっているというのはとても驚きでした。

父親になるには、その前の食生活や生活習慣も大事なのかもしれません。

ミトコンドリアを経口摂取し治療に応用できる製剤を開発! Nature Nanotechnology誌

ミトコンドリア移植治療を、経口摂取できる製剤を開発したという論文。

タイトルは、

Oral mitochondrial transplantation using nanomotors to treat ischaemic heart disease

https://www.nature.com/articles/s41565-024-01681-7

 

ミトコンドリアが強く関わる難病がいくつもあり、その治療可能性の一つとしてミトコンドリア移植に注目が集まっています。

この論文では、そのミトコンドリア移植が経口摂取でできてしまうかもしれない製剤を開発したそうです。

具体的には、ナノモーター化させたミトコンドリアを腸で溶けるカプセルにいれることで、胃酸を回避して小腸まで届き、そこでカプセルが溶解してミトコンドリアが放出されるように設計できたとのこと。

そして、そのミトコンドリアが心臓まで到達していることも分かったそうです。

その後実際に動物モデルでミトコンドリア製剤が疾患の予防・改善に寄与するかを評価しており、この論文では虚血性心疾患マウスがミトコンドリア製剤の投与を受けることで、症状の進行を遅らせることができたそうです。

 

新生児の成長や疾患マーカーを予測するモデル Cell Metabolism誌

新生児生後6ヶ月間の体格・臓器の成長を予測するモデルを作ったという論文。

タイトルは

Personalized metabolic whole-body models for newborns and infants predict growth and biomarkers of inherited metabolic diseases

https://www.cell.com/cell-metabolism/fulltext/S1550-4131(24)00182-7

 

論文によると、成人の未来の体格や体内バイオマーカーの推移を予測するモデルは開発されていたが、乳幼児を対象としたものはこれまでにはなかったとのこと。

この研究では、生後6か月までの成長(身長・体重)や各臓器重量の増加を予測できるモデルの開発を行っています。

そしてモデルによる身長・体重の予測値の範囲は、現在WHOが示している成長曲線とほぼ同じものになったそうで、その妥当性を主張しています。

また、新生児の体内臓器360種の代謝特性も予測できる能力を備えたいるようで、論文では水収支やATP合成の予測精度なども報告されています。

また、このモデルはさらなる応用にもチャレンジしており、モデルに新生児の血液メタボロームデータを追加すると、その後の遺伝性代謝疾患バイオマーカーも予測できることを示しています。

私見ですが、このモデルを使い新生児のデータを入力することで、ご家族だけでなく医療機関や行政もその子の成長推移を事前にある程度把握し、必要な対策を事前に打てるような世界が作れるのかな?と思ったりもしました。

 

地中海食を長期間継続すると死亡率が下がる? JAMA Network Open誌

地中海食を安定して長期間続けることがその後の死亡率に関連するか、そしてその媒介因子となるバイオマーカーは何かを調べたコホート研究。

タイトルは

Mediterranean Diet Adherence and Risk of All-Cause Mortality in Women

https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2819335

 

この論文によると、地中海食の有効性を調べた試験は数多くありつつも、その食生活を非常に長い期間つづけた際の影響やその基礎的なメカニズムを推定する研究はほとんどなかったようです。

この研究は、2.5万人の米国女性を25年追跡したコホートデータを使用して、地中海食の遵守率がその後の全死亡率にどのように関連するか、そしてそのメカニズムとして体内バイオマーカーや体組成因子が媒介している可能性があるかを調べています。

結果としては、順守率が高いほど全死亡率が23%低かったそうです。

そしてその媒介因子として、代謝物(14.8%)、炎症マーカー(13.0%)、BMI(10.2%)インスリン抵抗性(7.4%)などが見いだされたそうです。

健康への有効性が強く示唆されている地中海食ですが、その有効性は長期間続けることでより頑健になるようです。

終わりに

今回は、ミトコンドリアに関する衝撃論文2報と、新生児成長予測モデル、地中海食の有効性を調べたコホート研究、を紹介しました。

ミトコンドリアに関する2報はどちらも衝撃的で、父親ミトコンドリアの子供への影響も、経口ミトコンドリア移植も、今後の世代間研究や疾患治療に大きな影響を与えそうです。

 

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2024年6月7日:病原菌に特異的に作用する抗生物質を開発!ほか最新論文4報

この記事では2024年5月中旬~6月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

「革命的な抗生物質が開発された」という今後の医学に大きく影響しかねない論文や、サルモネラ菌の増殖メカニズム、さらには「地中海食+個別化指導の有効性を調べた研究」について紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月7日:最新論文4報

病原菌に特異的に作用する抗生物質を開発! Nature誌

常在腸内細菌叢に悪影響を与えることなく、病原性グラム陰性菌に選択的に作用する抗生物質「Lolamicin」を開発したという論文。

タイトルは、

A Gram-negative-selective antibiotic that spares the gut microbiome

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07502-0

 

通常抗生物質は、特定の病原細菌などにターゲットを絞ることは難しく、ある程度広範なスペクトルの細菌に作用してしまい、腸内細菌叢などを大きく乱してしまうことが課題でした。

しかしこの論文では、その弱点を克服した抗生物質「Lolamicin」を開発したとのこと。

具体的には、他の常在微生物と配列相動性が低い病原性グラム陰性細菌のリポタンパク輸送系をターゲットとすることで、この特異性を確立したようです。

実験では、多数の多剤耐性菌、急性肺炎や敗血症のマウスモデル、Clostridium difficile感染に対しても有効性を示したと書かれています。

腸内でサルモネラ菌が増殖するメカニズムの一部を解明 Cell Host & Microbe誌

サルモネラ(Salmonella Typhimurium)が腸炎が起きた腸内で増殖する機構を明らかにした論文。

タイトルは

Salmonella Typhimurium expansion in the inflamed murine gut is dependent on aspartate derived from ROS-mediated microbiota lysis

https://www.cell.com/cell-host-microbe/fulltext/S1931-3128(24)00142-2

 

一般的に、腸炎を発症すると様々な病原微生物が増殖しやすい環境が腸管内でできあがるそうですが、そのメカニズムはよく分かっていなかったそうです。

この論文ではサルモネラ菌(Salmonella Typhimurium)に注目し、上記のメカニズムに迫っています。

まず、腸炎を発症すると腸内で活性酸素種(ROS)が増加し、ROSが腸内細菌を破壊すると大量のアスパラギン酸が腸内に放出されるそうです。

そしてサルモネラは、このアスパラギン酸を基質として取り込み、独自の代謝経路「硝酸塩依存性嫌気代謝経路」の基質として利用することで自身の増殖に使っているそうです。

安定同位体を使い、感染症罹患時の免疫細胞の代謝フローを捉える Science Advances誌

感染症罹患時に免疫細胞ではどのような代謝が亢進しているかを調べた論文

タイトルは

13C metabolite tracing reveals glutamine and acetate as critical in vivo fuels for CD8 T cells

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj1431

 

この論文ではまず、マウスをリステリアに感染させ、その後安定同位体13Cを含むグルコースorグルタミンor酢酸を投与し、発症部位に集結するCD8 effector T細胞の代謝動態を調べています。

その結果、感染時にCD8 effector T細胞はTCA回路を活発にしますが、感染初期はグルタミンを、感染後期は酢酸を主な基質に切り替えていることが明らかになったそうです。

ちなみに、肺腫瘍にいるCD8Tはグルタミンをあまり使わないらしく、同じ細胞でも疾患ごとに代謝の流れが違うようです。

 

食事介入に個別指導プログラムを追加すると、有効性は高まるか? AJCN誌

地中海食の介入に個別化栄養を取り入れたら有効性が変わるかを調べたユニークなヒト試験。

タイトルは

A single-blinded, randomized, parallel intervention to evaluate genetics and omics-based personalized nutrition in general population via an e-commerce tool: The PREVENTOMICS e-commerce study

https://ajcn.nutrition.org/article/S0002-9165(24)00515-X/abstract

 

地中海食はその有効性がかなり明らかになってきており、実際に地中海食を推奨・介入したヒト試験では健康指標が改善したという報告もよく目にします。

そしてこの介入試験がユニークなのは、通常の地中海食介入に個別指導プログラムを導入し、その有効性が高まるかを調べている点です。

具体的には、被験者に事前にマルチオミクスを行い、結果をもとに個別に食品リスト(ECサイトで購入できる)や行動プログラムを提案しているようです。

試験結果としては、通常食(コントロール食)と比べて地中海食での健康指標の改善は見られたものの、個別指導による相乗効果は見られなかったようです。

とはいえ、個別化指導・個別化栄養の有効性を調べたりその実装方法を考えるうえで、この論文は参考になるなと思いました。

終わりに

今回は、病原細菌に特異的に作用する抗生物質、サルモネラの腸内での増殖メカニズム、感染症罹患時の免疫細胞の代謝を追跡した研究、個別化栄養により地中海食の有効性向上を目指した研究、を紹介しました。

特に、病原細菌特異的に作用する抗生物質は、今後の様々な治療に応用されていくことを期待したいです!

 

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2024年6月5日:腸内細菌が性ホルモンを作っている!ほか最新論文4報

この記事では2024年5月中旬~6月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。

タイトルにある「腸内細菌が性ホルモンを作っている」という衝撃的な論文に加えて、食品・栄養学に関する論文も2報紹介します。

※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

2024年6月5日:最新論文4報

腸内細菌が性ホルモンプロゲスチンを合成している! Cell

腸内細菌2種が、水素ガスを使って腸管内でコルチコイドを性ホルモンであるプロゲスチンへ変換することを明らかにし、妊娠中の体内濃度に影響する可能性を示した論文。

タイトルは、

Gut bacteria convert glucocorticoids into progestins in the presence of hydrogen gas

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0092867424005142

 

過去の論文で、腸内細菌の一部がエストラジオールやテストステロンを分解してしまい、それに伴い性ホルモンに依存する恒常性維持が難しくなり、うつ症状の発症につながるという論文がありました。

しかしこの論文では、一般的に妊娠期に体内で上昇するホルモンであるプロゲスチンが、なんと腸内のコルチコイドから作られおり、しかも体内濃度にも影響することを示唆しています。

妊娠後期女性の糞便で、プロゲスチン濃度とこの代謝遺伝子を持つ細菌の割合が増加していたとのこと。

結腸の内分泌細胞が、過食や肥満を調節している? Nature Metabolism

結腸の内分泌細胞が欠損させると、過食と肥満が誘導されることを明らかにした動物試験の論文。

タイトルは

Interaction between the gut microbiota and colonic enteroendocrine cells regulates host metabolism

https://www.nature.com/articles/s42255-024-01044-5

 

論文によると、小腸の内分泌細胞の研究は非常に多い一方で、大腸の内分泌細胞はほとんど研究がされていなかったとのこと。

実験では、内分泌細胞欠損により腸内微生物叢が変化し、微生物により結腸管内で過剰に作られたグルタミン酸がこのマウスの食欲増進を誘導したことを報告しています。

クルクミンが非アルコール性肝炎を改善するか:ヒト介入試験 American Journal of Clinical Nutrition

ターメリックやウコンに豊富に含まれているポリフェノールの一種クルクミン。

このクルクミン摂取が、非アルコール性脂肪肝を改善することを調べ、そのメカニズムに迫ったヒト介入試験。

タイトルは

Curcumin supplementation alleviates hepatic fat content associated with modulation of gut microbiota-dependent bile acid metabolism in patients with non-alcoholic simple fatty liver disease: a randomized controlled trial

https://ajcn.nutrition.org/article/S0002-9165(24)00482-9/abstract

 

24週間500mg/dayの摂取で肝臓脂肪指標だけでなく、各種代謝マーカー(遊離脂肪酸、中性脂肪、空腹時血糖、HbA1c、インスリン)が改善したことを確認しています。かなり強力な結果が出ています。

さらにそのメカニズムにも踏み込み、意外にも腸内細菌Bacteroidesの増加と腸内細菌が分泌するデオキシコール酸の増加にあると考察しています。

朝食や夕食の欠食は、むしろ肥満につながるかも? American Journal of Clinical Nutrition

朝食or夕食を抜く習慣がある人は、そうでない人と比べて体重やウェストサイズの推移が異なるかを調べた中国のコホート研究。

タイトルは

Longitudinal associations of skipping breakfast and night eating with 4-year changes in weight and waist circumference among Chinese adults

https://ajcn.nutrition.org/article/S0002-9165(24)00515-X/abstract

 

通常、欠食がある人は摂取カロリーが低くなる傾向があると考えられ、カロリー基準で考えれば太りやすいというイメージはわかないかもしれません。

しかし、このコホート研究では、朝食もしくは夕食の欠食が頻繁にある人は、追跡4年間において体重やウエストの増加が早かったそうです。そしてこの結果は、食事の質やエネルギー摂取量で調整しても変わらなかったとのこと。

食事データや食事の質、・摂取エネルギーの調整方法などが気になりますが、欠食習慣が何らかの形で肥満につながるリスクがあることは覚えておいてもいいかもしれません。

終わりに

今回は、性ホルモンを合成する腸内細菌の話、結腸内分泌細胞の役割、クルクミンのヒト有効性試験、および欠食習慣と肥満の関連を調べたコホート研究を紹介しました。

特に性ホルモンの論文は個人的にかなり衝撃的だったので、今後も続報を待とうと思います。

 

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2024年6月3日:妊娠前の「父親の状態」が子どもの健康に影響するかも?という論文3報

妊娠・出産・その後の子供の発育、という一連の流れに焦点を当てた研究の多くは、母親と子供(胎児・乳児)の関連に注目しています。

一方で、「父親の関連も重要だよ」という論文も少しずつ登場しており、父母両方の健康状態が子どもに様々な影響を与えていることが少しずつ分かってきています。

父親の影響を調べている研究は「遺伝」に着目した研究が中心です。

そのため、遺伝以外の因子、例えば食事・腸内細菌といった遺伝以外の要素の影響を調べた研究は少なく、特にその影響を実験的に調べようとした研究はとても少ないです。

しかし、直近で3報ほど、妊娠前の父親の食事・腸内細菌の子供に対する影響を調べた研究を見つけ、非常に興味深い内容であったため今回紹介することとしました。

 

今回は、「妊娠前の「父親の状態」が子どもの健康に影響するかも?」というテーマで論文を2報紹介します。

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

妊娠前の「父親の状態」が子どもの健康に影響するかも?という論文3報

妊娠前の父親の食生活が、仔の発育・代謝状態に関わる Nature Communications

妊娠前の「父親」の栄養摂取状況が仔に与える影響を探索的に調べた、動物試験の論文。

タイトルは、

Paternal dietary macronutrient balance and energy intake drive metabolic and behavioral differences among offspring

https://www.nature.com/articles/s41467-024-46782-y

 

主な実験として、カロリーは同じで炭水化物・タンパク質・脂質の割合が異なる10種の飼料を「父マウスのみ」に与え、仔マウスの代謝評価や行動試験をしています。

当然ですが、母親は同じ餌(標準飼料)を摂取しています。父親と母親で餌を変え、お互いの飼料を食べさせることなく、狙ったタイミングで交配させているということになります。

このあたりの方法にもかなりノウハウがありそうです。

結果として、PFCバランスが異なると仔の代謝状態に変化が出てくるのですが、特に面白いのがこの性別によって影響の受け方が異なること。

例えば、以下の感じ。

・父親の脂肪摂取が多いほど雌の仔の体脂肪も正相関して増加するが雄の仔では関連がなかった。

・一方オスの仔では父親のタンパク質が少なく炭水化物が多いと、雄の仔の不安様行動が増加する。

父親の食生活が仔に影響することが実験的にも確認できたことは驚きですし、その影響がこの性別で異なる可能性が示唆されたのも興味深いです。

妊娠前の父親の「腸内細菌叢の状態」が仔の出生や発育に影響? Nature

交配前の「父親マウス」の腸内細菌叢を抗生物質で撹乱させると、その後生まれる仔の出生や成長に影響することを確認した、動物試験の論文。

タイトルは

Paternal microbiome perturbations impact offspring fitness

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07336-w

 

動物実験において、抗生物質を使用して事前に腸内細菌叢を破壊した雄マウスを交配させると、生まれてきた仔マウスにおいて低出生体重、重度の成長遅延、早期死亡が引き起こされる確率が高くなったようです。

なぜそのようになるかを調べる中で著者らは雄マウスの生殖機能に着目しており、精巣代謝プロファイルの変化、精子内RNAの小さな変化を観察しています。

それだけでなく、受胎したメスマウスでも子宮内胎盤機能不全のリスクが上昇することが確認されたようで、雄の生殖機能⇒メスの子宮内の状態⇒仔の健康状態、の流れで連続して影響を受けていることが分かったようです。

妊娠前の父親のミトコンドリアの情報が、精子を介して子供の健康に影響する Nature誌

父親のミトコンドリア情報が子どもの健康に影響することを示した衝撃の論文。

タイトルは

Epigenetic inheritance of diet-induced and sperm-borne mitochondrial RNAs

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07472-3

 

ご存じの通り、ミトコンドリアは母親から受け継ぎます。しかしこの論文では、父親の食生活などの生活習慣が精子ミトコンドリアのRNAに影響し、これが受精後にepigeneticな作用を発揮することを示しています。

動物試験では、雄マウスに妊娠前に高脂肪食を摂取させると、精子ミトコンドリアtransferRNAに短い断片が多く出現し、この短いRNA断片が受精後に転写調節の作用を発揮した結果、仔の代謝障害につながることを報告しています。

そしてこの論文がすごいのは、ヒトでも同じような事象を見つけたこと。

ヒト男性の精子中の ミトコンドリアtransferRNA断片がその人のBMIと相関しており、妊娠前後の父親の体系が肥満だと生まれてくる子の肥満リスクが 2 倍になることを、ヒト観察研究から明らかにしています。

父親のミトコンドリアの情報が子どもに影響するということだけでも衝撃的ですが、そこに父親の生活習慣も強く関わっているというのはとても驚きでした。

父親になるには、その前の食生活や生活習慣も大事なのかもしれません。

 

終わりに

コホート研究などでは、父親側の生活習慣(食事、喫煙、飲酒、などなど)が子どもの出生状態やその後の発育に影響する可能性も一部示唆されています。

特に父親の生活習慣がミトコンドリア情報を介して子どもに影響しているというのはなかなか衝撃的でした。

しかし、その関連ではその他の交絡因子(母親側の状態、遺伝、など)の影響が大きすぎるゆえに、実際の影響度はどうなのかはあまりよく分かっていないのが現実のようです。

今回、動物試験ではあるものの父親側の食事・腸内細菌叢の影響が実験的に明らかになったことで、そのメカニズムの推定を通して、実際ヒトにおいて父親は生活の中で何に気を付ければいいかが分かってくるとよいですね。

 

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2024年5月31日:褐色脂肪細胞の機能は奥が深い!という論文4報

褐色脂肪細胞という単語を耳にすると、「熱産生」というワードを反射的の思い浮かべると思います。

一方で、褐色脂肪細胞は熱産生以外にもメタボリックシンドロームの予防などにも直接関与していることや、熱産生機構には多種多様な制御機構が関与しているなど、熱産生の一言では片づけられない奥の深さがあります。

今回は、褐色脂肪細胞の特殊な健康機能とその奥深さについて、過去にツイッターで紹介した論文3報を紹介します。

 

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

褐色脂肪細胞の機能は奥が深い!という論文4報:20240531

褐色脂肪細胞は、骨格筋と代謝物の受け渡しをしている Nature Metabolism誌

褐色脂肪細胞は、骨格筋との間でグルコース・乳酸・アミノ酸などの代謝物を交換して熱産生へ利用していることを明らかにした論文。

タイトルは、

Quantitative analysis of metabolic fluxes in brown fat and skeletal muscle during thermogenesis

https://www.nature.com/articles/s42255-023-00825-8

 

しかもこの組織間の代謝物交換に基づく褐色脂肪細胞の代謝プロファイルは、宿主がどの温度環境にいるかでも状況が変化するとのこと。具体的には、室温の場合はグルコースと乳酸の利用が85%近くを占めているものの、低温に暴露されるとアミノ酸を使用した窒素代謝経路が活発になるそうです。

温度環境に応じて熱産生のための代謝の重心を動かし、それに伴い必要な代謝物を骨格筋などの他の組織から受け取っているのは興味深いです。

褐色脂肪細胞の熱産生は、加齢に伴って機能が低下する Nature Communications誌

褐色脂肪細胞の熱産生が加齢に伴って低下することと、その原因が、加齢に伴い増加する老化免疫細胞によるもので亜あることを明らかにした論文。

タイトルは

Senescent immune cells accumulation promotes brown adipose tissue dysfunction during aging

https://www.nature.com/articles/s41467-023-38842-6

 

論文では、S100A8というタンパクを発現しているT細胞や好中球がいわゆる「老化免疫細胞」と位置付けられており、これらの細胞が分泌するS100A8が交感神経ニューロンおよび褐色脂肪細胞と結合して、交感神経支配を阻害することで熱産生機能を低下させるようです。

また、高齢マウスへS100A8の阻害剤を投与することで、褐色脂肪組織内のS100A8陽性細胞の数が減ることも確認しています。

 

褐色脂肪細胞の機能も腸内細菌に制御されている Cell Reports Medicine誌

無菌マウスに肥満or痩せの人の糞便を移植して高脂肪食を食べさせると、褐色脂肪細胞の熱産生機能が大きく異なっていることが明らかになり、腸内細菌が褐色脂肪細胞の機能を制御していることを明らかにした論文。

タイトルは

Gut microbiome modified by bariatric surgery improves insulin sensitivity and correlates with increased brown fat activity and energy expenditure

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666379123001659

 

論文では、肥満手術を受けた患者が、手術前後で腸内細菌叢が大きく変化していることに着目し、前後それぞれの便をマウスに移植した際に代謝状態がどのように変化するかを調べています。

その中で、褐色脂肪細胞の熱産生機能が大きく異なる(手術後に痩せたときの便の方が、熱産生能力が高い)ことを明らかにし、特に腸内細菌由来トリプトファン関連代謝物(セロトニン、インドール類など)の関与を示唆しています。

 

褐色脂肪細胞は、熱産生機構と関係なくインスリン感受性を維持? Cell誌

なんと、褐色脂肪細胞の熱産生機構とは別のメカニズムで、宿主のインスリン感受性維持や抵抗性の増悪につながる子を示した論文。

タイトルは

BCAA-nitrogen flux in brown fat controls metabolic health independent of thermogenesis

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(24)00346-5

 

ミトコンドリアにおける分岐鎖アミノ酸(BCAA)代謝の異常がインスリン抵抗性につながるとのこと。実際、ミトコンドリア内のBCAAキャリアタンパクをKOすると、ミトコンドリア内でのBCAA代謝が停止し、窒素代謝の機能不全と酸化ストレスの増加につながるとのこと。

終わりに

私自身、「褐色脂肪細胞=熱産生の中心」くらいの認識しかなかったですが、その制御には腸内細菌含めた様々な要因が絡んでいることや、熱産生以外の機構で宿主の代謝性疾患の制御にも関連していることを初めて知りました。

エネルギー消費や熱産生以外の役割としても、褐色脂肪細胞には今後も注目したいです。

 

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2024年5月29日:最新ナノテクノロジーを活用した健康機能性経口摂取素材の論文3報

経口摂取する成分の機能性を議論する際、「どの成分をどのくらい摂取したか」はとても重要な情報です。

一方で、「どのような形態、形状、方法で摂取したか」も実は非常に重要で、その内容次第で摂取物の有用性も大きく変化します。

そして最近では、特定の経口摂取成分の有効性を高めることを目的に、生物学的視点とはまた別の技術を活用し、人工的に特定の機能を付与したり増強したりした経口製剤がたくさん開発されています。

 

今回は、最先端技術を活用した経口摂取用素材を開発し、その有用性を報告している論文を3報紹介します。

 

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

最新ナノテクノロジーを活用した健康機能性経口摂取素材の論文3報

体内での活性酸素発生を制御できるナノ粒子 Nature Communications

二酸化チタンなどの無機金属を含むナノ粒子経口摂取製剤を開発し、これを経口摂取することで体内で容量依存的に活性酸素を発生させ、肝臓での脂質代謝を活性化できることを明らかにした論文。

タイトルは、

Antioxidant hepatic lipid metabolism can be promoted by orally administered inorganic nanoparticles

https://www.nature.com/articles/s41467-023-39423-3

 

高脂肪食を摂取しているマウスにこの製剤を投与することで肝臓への脂肪蓄積と脂肪肝を予防できること、副作用は発生しなかったことを報告しています。体内での活性酸素の発生量を、この製剤の摂取量である程度コントロールできることが強みのようです。

活性酸素除去能力を人工的に付与したビフィズス菌 Nature Nanotechnology

活性酸素除去能を持つ酵素を人工的にくっつけたビフィズス菌(Bifidobacterium longum)をつくり、プロバイオテクスとして利用したところ、体内の活性酸素除去能が高まり、元のB.longumより強い抗炎症効果を発揮したという論文です

タイトルは

Artificial-enzymes-armed Bifidobacterium longum probiotics for alleviating intestinal inflammation and microbiota dysbiosis

https://www.nature.com/articles/s41565-023-01346-x

 

このビフィズス菌が一定期間腸内に滞在することで継続して活性酸素除去作用を発揮することで、炎症性腸疾患の症状の緩和や破壊されてしまった腸バリアの修復などに有効であることを動物試験で確認しています。

アルコールを解毒して体内濃度を下げる経口製剤 Nature Nanotechnology

体内のアルコールを解毒してアセトアルデヒドの発生を抑え、血中アルコール濃度の低下やアセトアルデヒドに起因する体調不良を防ぐことができる経口摂取素材を開発したという論文。

タイトルは

Single-site iron-anchored amyloid hydrogels as catalytic platforms for alcohol detoxification

https://www.nature.com/articles/s41565-024-01657-7

 

素材は西洋わさび由来のペルオキシダーゼを内包したアミロイドヒドロゲルが、この中で牛乳に含まれるβ-ラクトグロブリンというタンパクを使用して鉄を安定して配位させているのがポイントとのこと。

この素材は経口摂取後に腸管で長時間滞留し、アルコールから酢酸への分解を触媒してアルコールとアセトアルデヒドの濃度を低下させることができ、血中アルコール濃度の低下に有効であることを確認しています。

アセトアルデヒドではなく酢酸まで一気に反応を進めて無毒化してしまう発想と、それを実現する技術には驚きました。お酒に弱い人や二日酔いを防ぐ製剤としてポテンシャルが高いかもしれません。

終わりに

今回は、最新技術を使用した健康機能性経口摂取素材に関する論文を紹介しました。

普段私は食品会社で勤務していることもあり、既存食品やその抽出物での議論が中心になりがちです。

しかし今後は、今回紹介した論文のように、「既存素材の人工的な改変や最新技術の導入により、有用性の高い経口摂取素材を開発できるかもしれない」という視点を持つことは非常に大切なのかもしれません。

有用な経口摂取素材は今後もたくさん出てくるでしょう。

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2024年5月27日:成長ホルモンGDF15が「つわり」や「肥満」にかかわる論文5報

Growth Differentiation Factor-15、略してGDF15。

これまでどちらかというと免疫の文脈で語られてきたサイトカインですが、疫学研究ではGDF15の血中濃度が死亡率の上昇と関連していたり、メトホルミンによる体重減少作用を媒介している可能性が示唆されるなど、体内での重要性は示唆されていたようです。

このGDF15に関して昨年、非常にインパクトの大きい論文が多数出版されました。私自身GDF15との接点は全くなかったですが、素人目に見てもそのインパクトに驚かされました。

 

今回は、GDF15の影響範囲の大きさを感じさせられる論文5報を紹介します。

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

GDF15の影響範囲が大きすぎて驚く論文5報:20240527

GDF15がやせ薬となる可能性を発見 Nature

こちらが2023年にNatureに投稿されてかなり評判を呼んだ論文。

GDF15を投与すると、摂餌量やカロリー摂取量に関係なく肥満・インスリン抵抗性・NASHが改善されること、食欲が抑制されて肥満も予防されるだけでなく、カロリーたという論文。

タイトルは、

GDF15 promotes weight loss by enhancing energy expenditure in muscle

https://www.nature.com/articles/s41586-023-06249-4

 

メカニズムとしては、

①GDF15がGFRAL(glial-cell-derived neurotrophic factor family receptor α-like)という受容体に作用して食欲を調節すること、

②GDF15がカロリー制限下においても骨格筋におけるエネルギー消費を下げずに保つこと、

③GFRAL-β アドレナリン作動性シグナル伝達軸を介してエネルギー消費を増加させること、

が挙げられています。

 

GDF15の代謝改善作用は、レプチンと連動している Cell Metabolism

一つ上の論文で述べたGDF15による体重減少効果に関して、「GDF15を食欲調節ホルモンのレプチンと併用すると効果が高まるよ」というメカニズムを明らかにした、動物試験の論文。

タイトルは

GDF15 enhances body weight and adiposity reduction in obese mice by leveraging the leptin pathway

https://www.cell.com/cell-metabolism/abstract/S1550-4131(23)00219-X

 

高脂肪食摂取マウスへGDF15とレプチンを併用して投与すると、GDF15投与だけ、もしくはレプチンだけ投与した場合と比較し、体重減少効果が増強されたとのこと。

レプチンシグナル経路がGDF15の作用増強に関わり、これに伴い食欲調節と摂食量減少につながると書かれています。

GDF15による体重減少の有無で、インスリン感受性が変わる。 Cell Metabolism

GDF15で瘦せる人と痩せない人の間で、インスリンに対する応答性が全く異なっていることを明らかにした論文。

タイトルは

GDF15 increases insulin action in the liver and adipose tissue via a β-adrenergic receptor-mediated mechanism

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1550413123002267

 

この論文での主張は、「GDF15で体重減少するとインスリン抵抗性が増加してしまうけど、体重が減らない場合はインスリン感受性が改善するよ」という趣旨と思われます。

メカニズムの一つとして、後脳に発現しているGDF15 受容体のGFRAL(glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF) family receptor alpha-like )と、肝臓と脂肪組織に発現しているβアドレナリン受容体を介したシグナルが関与することを明らかにしています。

ガン腫瘍が分泌するGDF15は、抗PD-1療法の有効性を下げる Nature Communications

腫瘍が分泌するGDF15はT細胞の腫瘍への遊走を阻害し、チェックポイント遮断療法の有効性を下げてしまうことを、動物試験で確認した論文。

タイトルは

Tumor-derived GDF-15 blocks LFA-1 dependent T cell recruitment and suppresses responses to anti-PD-1 treatment

https://www.nature.com/articles/s41467-023-39817-3

 

GDF15の中和抗体を投与することでT細胞のリクルートや抗PD-1療法の有効性が大きく改善したそうです。

GDF15はガンに関連する食欲不振などにも関連しているらしく、ガン発症後のGDF15の制御がその予後に大きく関わる可能性を示唆しています。

GDF15はつわりの原因 Nature

著者個人的に、2023年で最も衝撃を受けた論文。

妊娠中のつわりに、胎児が作り分泌するGDF15が関連しており、そのメカニズムを明らかにしたという衝撃の論文。

タイトルは

GDF15 linked to maternal risk of nausea and vomiting during pregnancy

https://www.nature.com/articles/s41586-023-06921-9

 

先行研究にて妊娠期のつわりとGDF15の関連は示唆されていたものの、その詳細は分かっていなかったとのこと。

今回の研究では、母親と胎児ではGDF15に対する応答性が異なる可能性があり、非妊娠時のGDF15体内濃度が低い母親がGDF15分泌能力が高い胎児を妊娠すると、高濃度のGDF15の曝露を受けてつわり症状が生じるリスクが高まる、と報告しているようです。

ヒト観察研究でも、母親血中のGDF15の濃度とつわり症状と関連していたそうです。

ほとんど原因が分かっていなかったつわりに対して、医療から対応できる可能性を見出したすごい研究だと思います。

終わりに

私自身、GDF15というホルモンについて昨年まで全く知りませんでしたが、上記の論文に目を通した中でその影響範囲の広さを感じさせられました。

特に、つわりへアプローチするヒントが得らえたことは、今後の多くの女性を助ける研究につながるのではないかと期待しています。

次の情報が出てくることを楽しみに待ちたいです。

 

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2024年5月24日:概日リズムが腸内細菌、乳児、ガンも制御する?という衝撃論文4報

「概日リズム」という単語を耳にしたことがある研究者の皆様は多いと思いますが、

実際にご自身の研究にこの概念を取り込んでいる方はあまり多くないのではないでしょうか?

しかし、直近1年で、少なくとも私が見た論文だけでも「えっ、こんなところも制御してるの?」という衝撃の論文がたくさん出てきています。

今回は、概日リズムが生体内のあらゆる状況を制御していることを見せつけている、衝撃の論文を4報紹介します。

※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。

概日リズムが腸内細菌、乳児、ガンも制御する?という衝撃論文

腸内細菌に概日リズムがあり、アミノ酸代謝が変動している Cell Reports

腸内細菌叢のトリプトファン代謝が概日リズムを刻んでいることを示した動物試験の論文。

タイトルは、

The microbiota drives diurnal rhythms in tryptophan metabolism in the stressed gut

https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(24)00407-8

 

トリプトファン代謝酵素を持つ細菌の多くが概日リズムを刻んでおり、トリプトファン代謝物のインドール類やキヌレニンなどの盲腸内濃度も時間によって異なるそうです。

また、動物に急性ストレスを与えると腸内細菌の代謝リズムが乱れるだけでなく、なんと宿主側のトリプトファン代謝にも影響するそうです。

腸内細菌が宿主の概日リズムに影響しているとは、恐ろしい。

乳児の腸内細菌叢にも概日リズムがある Cell Host & Microbe

乳児の腸内細菌叢と糞便代謝物に概日リズムがあり、リズムで変動すると細菌がいることを明らかにした研究。

タイトルは

Diurnal rhythmicity of infant fecal microbiota and metabolites: A randomized controlled interventional trial with infant formula

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1931312824000581

 

乳児の腸内細菌叢は1年の間に劇的に変化しますが、その時期ごとに概日リズムの刻み方が異なるとのこと。

今回の研究では、乳児で特に多いビフィズス菌種に特徴的なリズムがあり、プレバイオテクスとしてガラクトオリゴ糖を乳児が摂取した際にリズムに影響が出たと報告しています。

妊娠期の概日リズムの乱れが、新生児の疾患リスクと関連? Nature Metabolism

妊娠期の概日リズムの乱れが、仔の新生児疾患(壊死性腸炎や敗血症)の重症化リスクを高めてしまうことを、動物試験で示した論文。

タイトルは

Maternal circadian rhythm disruption affects neonatal inflammation via metabolic reprograming of myeloid cells

https://www.nature.com/articles/s42255-024-01021-y

 

メカニズムとして、概日リズムの乱れにより新生児骨髄由来抑制性細胞(MDSCs)が機能障害を起こし、胎児の炎症惹起に繋がってしまうことを示しています。

動物試験の結果ではありますが、妊娠期の概日リズムの世代を超えた関連については、とても衝撃的でした。

ガン免疫の有効性を、概日リズムが制御する? Cell

腫瘍に浸潤するT細胞の量や機能には概日リズムがあり、免疫療法の有効性にも時間依存性があることを明らかにした論文。

タイトルは

Circadian tumor infiltration and function of CD8+ T cells dictate immunotherapy efficacy

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(24)00410-0

 

腫瘍に存在するT細胞や白血球の量が見事に概日リズムを刻んでいること、この傾向は時計遺伝子Bmal1のノックアウトでキャンセルされること、PD-1療法やCAR-T両方の有効性に時間依存性があること、など、すべてが衝撃的です。

これが本当なのであれば、ガン免疫に限らずあらゆる免疫療法において「時間」という判断軸が必須になってくる可能性があります。

終わりに

今回紹介した4報を読むと、概日リズムが本当にあらゆる体内の状況を制御していることがうかがい知れます。

いかに私たちが時間にとらわれているかを、別の角度から見せつけられている気がします。

何か健康に対してアプローチする際に、今後は「時間」という評価軸が必須となる時代が来るかもしれません。

 

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