企業で論文を書く目的:論文を書くことがゴールではない!

企業ではあまり論文が書けないと聞いたけど、実際どうなのか?

このような話を聞いたことはありませんか?

 

大学、アカデミアでの大事な仕事の一つに、「論文を投稿すること」があります。

ライバルよりも先に論文を発表する、

トップジャーナルでの受理を目指す、

研究費申請のために論文をたくさん出す…

 

研究員それぞれの立場でモチベーションの源泉は違いますが、

論文を出すことは一つのゴールであり、何よりも優先される一番大事な仕事です。

しかし、企業では「論文を出すことがゴール」とは認識されていません。

会社にとって必要な論文を書く」という感じで、

論文を書くことが大事なのではなく、

会社にとって必要かどうかが判断軸になっているケースが多いです。

 

今回は、

論文が会社にとって必要な場面はどういったものか

を書いていきます。

 

また、私は

「研究員は機会を見つけて論文を書いた方がよい」

と思っていますので、

その理由についても書いていきます。

企業では、論文を書くことは必ずしもゴールではない

会社にとって論文が必要な場面

会社の中では、主に以下のような場面で論文を書くことになります。

自社商品の価値向上に直結する研究成果が出たとき。

例えば、

「自社の食品を使って臨床試験を行った結果、睡眠の質が上がることが分かった」

「大規模観察研究のデータを解析したら、魚を多く食べている人たちでは血管系疾患が少ないことが分かった(魚介類の会社が研究主体)」

というようなものです。

これらの知見を論文化することは、

科学的な裏付けを付与して自社商品の価値を高めることにつながります。

また、販売用の資料に使うことで営業資料の説得力を高め、販売に貢献することもできます。

 

会社のビジネス上、科学的な知見(有効性、作用メカニズムなど)を明らかにする必要があるとき

例えば、製薬会社の基礎研究や各段階の臨床試験がこのケースに当てはまると思います。

作用メカニズムが分かっていないと有効性や副作用リスクなどは分かりませんし、

臨床試験を通して有効性があることや安全性の問題がないことなどを明らかにする必要があります。

 

特に製薬会社の場合は、これらのデータが査読付き雑誌に掲載されることが実用化に向けて不可欠です。

ちなみに食品分野でも、

トクホや機能性表示食品を届け出る際に似たようなアプローチが行われます。

(トクホは消費者庁の認可を得る必要があり、事業者責任である機能性表示食品と比べて科学的知見をより多く求められます、この辺りは後々記事にします。)

 

上記のような場面では、論文を執筆することがあります。

 

私も自社商品の臨床試験の結果を論文にし、営業資料に内容を追記した経験があります。

新しい発見を報告するというよりも、

自社製品を売るための手段として論文を書いたという印象が強いです。

 

研究員は機会を見つけて論文を書いた方がよいと思う理由。

論文を書くプロセスは、研究者を成長させる。

論文は書いて投稿して終わりではありません。通常は以下のプロセスを経ます。

投稿→近い分野の研究者数名の査読→修正や追加実験が依頼される→修正版を投稿

(→必要に応じて査読と修正を繰り返す)→受理

一般的には、投稿するまでよりも投稿から受理までの方が大変です。

査読では、有意義な指摘だけでなく、予想外の着眼点でのツッコミがはいったり、無理難題を押し付けられたりします。

 

いろんな感情が渦巻くこの状況ですが、

自分以外の意見をもとに新しい分野を勉強したり、新しく実験系をつくるなど、

研究者として一番成長する場面だと私は思います。

このプロセスを経験することは、研究者として成長する上でもぜひ多くの人に経験してほしいです。

 

論文は自分の市場価値向上につながる。

アカデミアに近い考え方ですが、

論文は実名で公開される研究成果であり、

自分の専門性や研究レベルをアピールする非常に有効な手段となります。

 

企業に所属する研究者は、会社員であると同時に実名で活動する研究者でもあります

学術論文は特許などと並び、研究者個人の実力を外部の人に広く知ってもらう良いツールです。

終身雇用が崩れつつあるこの状況では、自分の存在や実力をアピールしておいて損はありません。

 

私は、臨床試験の結果以外にも、会社で行った基礎研究の成果で論文を書いたことがあります。

ただし今思えば、会社で行った研究の論文は、

「会社にとって絶対に必要なものではなかった」

と感じています。

 

しかし、自分の書いた論文は実名と紐づいて外部に公開されています。

自分が出した成果を見た人が声をかけてくれる可能性もあるなど、今後の自分のキャリアにつながってくるはずです。

 

まとめ

企業では、会社にとって必要になったときに論文を書きます。

ただ、それ以外にも論文にできそうなネタがあれば、「論文にしたい」と一度提案してみましょう。

論文を投稿し公開させるプロセスは研究者個人を成長させますし、

論文は自分のキャリアを守ってくれるはずです。

 

企業と論文に関する、関連記事はこちら

研究職が企業で論文を書く:投稿までに乗り越えなくてはいけない壁とは?




研究職では、〇〇と〇〇が自分の価値を高めてくれます!

「いろんな会社の質量分析計の違いを理解し、使い分けでなくメンテナンスもできてしまう人」

「水溶性食物繊維の種類ごとに物性から加工特性まですべて頭に入っている人」

など、一つの分野に突き抜けた方は皆さんの周りにはいらっしゃいませんか。

 

結局のところ「専門分野・専門性」は研究者のキャラクターを構成する大きな要素です。

大学のラボを探すときにも、「ここの先生は何が専門か」については必ず確認すると思います。

ところが、企業の研究所で研究をしていると、人によってはこの「専門性」を構築できない立場になってしまうことがあります。

これはある程度仕方ないのですが、私としては「若干損かなー」と思ってしまいますね。

今回は、企業の研究員で専門性を作りにくいケース、企業研究者にとって専門性が大切な理由、そのために普段私が意識していることについて書いていきたいと思います。

結論:忙しい中にも専門性を高める時間を確保し、研究者としての価値を高めよう。

①専門性を作りにくいケース:業務が忙しい、テーマの改廃、異動がある。

企業の研究者の仕事は、研究や実験だけではありません。

研究所の運営や、開発部門・営業部門・製造部門のサポート、知財戦略の打ち合わせ、管理職になれば研究戦略策定、予算管理、人事評価なども入ってきます。

 

研究が本業にもかかわらず、それ以外の仕事にほとんど時間をとられている社員も結構多いです。

会社員の勤務時間は限られているので、このタイプの社員にはもう研究する時間は残っていません。

 

加えて、会社では研究テーマの改廃や社員の異動が頻繁に行われます。

せっかく取り組んでいたテーマが中止となると、そこにかかわっていた人員は別の仕事を割り振られるので、また一から勉強しなおしです。

異動となってしまえば、もうその仕事には関われません。

 

確かに、新しいテーマについて勉強することで自分の知識を広げたりすることは大切ですし、テーマの改廃や異動については一社員にとっては不可抗力です。

しかし、そういった環境の中でも自分の専門性を磨くことは、最終的に自分の価値を高めることにつながると私は考えています。

 

②イチ研究者として市場価値を高められているか。

普通の会社員(特に研究者以外の人たち)は、社名と実名が結びついた形で対外的に公開されるケースは少なく、ましてやその人が何をしているかは本人に聞いてみないとわかりません。

しかし、研究者は違います。

なぜなら、特許、学会発表、学術論文などを通して、実名と仕事と成果が対外的に公開されることがあるからです。

 

少し誇張して言うと、研究者の専門性や客観的な市場価値が外部から分かってしまうということです。

 

しかし私は、この状況を「自分の専門性と仕事の成果を対外的にアピールしやすい環境」として、ポジティブなものと捉えています。

近年、大企業が黒字にもかかわらずリストラを敢行するなど、年功序列・終身雇用が崩壊しつつあり、また転職市場もどんどん活発になってきています。

このような環境では、自分の成果が公開されていることは有利に働くと私は考えます。

実名で公開した特許や論文を他社の担当者がみて、「この分野のスペシャリストを採用したい」などとヘッドハンティングのきっかけになるかもしれません。

 

また、転職活動をする際に「職務経歴書」というもの作成します。

その中にこれまでの自分の経験や成果を記入するところがあり、論文や特許などの成果はここに堂々と描くことができます。

これをきっかけに自分の専門分野や仕事の背景を面接などでアピールすることも可能でしょう。

専門性を極めて結果を出し、自分の市場価値を高めることは、社内の出世や転職などのあらゆる場面で自分を守ることにつながるはずです。

③業務時間中に、自分の専門性を高める時間を確保する。

研究以外にもさまざまな関連業務をこなしています。

しかし、研究関連業務(実験、論文や特許に目を通す、最新技術のセミナーを聞く、など)の時間は死守しています。

 

私が愛読している「7つの習慣」という本の中に、「最優先事項を優先する」という習慣があります。

成果を出す能力を高めるための活動により多くの時間を割く」ことの重要性を説いており、

この時間を確保することで後々大きな成果が得られたり、

トラブルなどの緊急な仕事が減るという内容です。

 

一朝一夕では難しいかもしれませんが、自分が極めたい分野について毎日一定時間取り組めるよう、無理矢理にでも時間を確保する習慣をつけていくとよいかもしれません。

まとめ

自分の専門性を高めることを「最優先事項」に設定し、そのための時間を毎日確保することが、より大きな成果を得ることにつながり、研究者としての市場価値を高めてくれるはずです。





食品会社では研究職は少数派。少数派ゆえに困ることは?

食品会社の中において、研究員はもちろん研究するために存在しています。

ところが、会社によって「研究」の意味するところが若干違うようです。特に食品会社では、後ほど紹介するように結構広い意味で使われているようです。

今回は、特に食品会社における「研究員」の意味するところや、その位置づけについて書いていきます。

食品会社では研究職は少数派。少数派ゆえに困ることは?

食品会社における、「研究員」の役割

食品会社の中で「研究員」というと、以下の業務を行う社員を指すことが多いです。

  • 製品開発(商品の試作品を実際に作る、商品設計を考える、など)をする社員

  • いわゆる研究(製法改良の研究、健康機能成分のスクリーニング、など)を行っている社員

会社によっては、「いわゆる研究」をする部署を設置していない場合もあり、「研究員=製品開発職」という位置づけになっている場合もあるらしいです。

特に理系の学生が食品会社で働くことを想像したとき、これらの分野をイメージすることが多いでしょう。実際、理系の方はこういった分野に配属されることが多いようです。

私は「いわゆる研究」の部署に所属しており、大学でも行うような細胞試験やスクリーニング試験などを行うこともあります。

会社全体からみると、研究員は少数派の位置づけ

一方で、食品会社には製品開発部門や研究部門以外にも様々な部署があります

思いつく限り並べてみると…

  • 商品を作るための原材料を調達する部署
  • 製品の製造計画、販売や配送の計画を作成・管理する部署
  • 工場における製造や製品の品質を管理する部署
  • 工場設備の管理や設備更新を担当する部署
  • 作った製品の流通を管理する部署
  • 営業をする部署
  • 会社の広報活動をする部署
  • 経理や財務管理を担当する部署

こうやってみると、会社全体でみれば、研究以外の部署で働いている人数が圧倒的に多く、食品会社において研究員は少数派に属します。

少数派ゆえの取り組み

少数派である以上研究員の社内での存在感は小さく、小さな成果を出したところでなかなか気づいてもらえません。もし新しい製品ができて販売につなげたいとしても、まずは生産部門や販売部門に存在に気付いてもらうことが大切です。私の同僚は、研究よりも社内営業が忙しい時期があると言っていました。

過去にうまくいかなかった経験があったからか、私の部署の上司は最近、販売部門や生産部門に頻繁に顔を出しているようです。研究所で進めている研究の進捗を共有するほか、逆に他部門の要望を聞いて研究テーマに反映させたこともありました。

会社は利潤の拡大が使命です。会社の上司たちは、研究員自身の発想で研究を進めることに加えて、利益を生み出す部署の要望に沿った仕事も請け負って社内での存在感を高めていくことが大切であると、考えているのかもしれません。

まとめ

食品会社において研究所や研究員は少数派である。そのことを理解したうえで、自分の本業であるの研究と会社のための仕事を並行して進める。最近はこんなことを意識しながら仕事をしています。




食品企業研究所の時間の流れ:他の事業所と比較して、時間がゆっくり流れる傾向があります。

大学院では、研究室ごとに一日の過ごし方やルールが全く異なっていました。

コアタイムがない、

土曜日も出勤必須、

毎日指導教官にデータを持っていき都度予定を修正しないといけない、

進捗報告は月に1回だけ、

などなど…

 

自分のラボはルールが少なかったのので、

毎日バタバタとした時間を過ごしているラボのことは正直他人事のように見ていましたが、

 

「自分が就職する会社が同じように忙しかったら、耐性がない自分はついていけないんじゃないか…」

 

と考えたこともよくありました。

 

研究職での就職を考えている方は、自分の働く会社がどういった感じなのか気になりますよね。

 

そこで、食品関連企業の研究所での時間の流れ方についてお伝えします。

 

ほかのブログなどに一日のスケジュールを載せている方もいますが、

結構みんなバラバラだなという印象を受けています

そこで今回は、自分が所属する研究所について、

自分の部署、他部署も踏まえて共通する内容をお伝えします。

大まかなイメージを持ってもらえると嬉しいです。

大学と企業では時間の流れ方が全然違います

①時間の流れ方は、「締め切りの時間軸」と「お客様やユーザーとのかかわり」に左右される。

この2つの影響が非常に大きいです。

締め切りが近い業務の割合

お客様やユーザーとのかかわりの多さ

 

大学や大学院時代、皆様は(1)と(2)のどちらに近かったでしょうか?

(1)毎日先生と進捗報告やデータのディスカッションをしないといけない。共同研究先からサンプルを納品するように言われるが、いつも期限が短い。共同研究先との進捗報告会議は実施数日前に決まるため、資料作りはいつもバタバタする。

上記で言えば、「締め切り」にあたるものが進捗報告、「お客様やユーザー」にあたるものが共同研究先と考えてください。締め切りが短期間でやってくるほど、そしてお客様からの要望が頻繁にくるほど、日常のバタバタ感は増していきますね。

(2)テーマの進捗報告は週1回もしくは月に1回。共同研究先からサンプル依頼も前もって連絡をくれるので予定を立てやすい。共同研究先への報告も月末の1回しかないので、資料作りは月末にまとめて行えばいい。

 

当然忙しいのは(1)の方で、

毎日予定の微調整が必要でゆっくり考える時間はなかなか取れません。

(2)の方が長期スパンで予定を立てて進められるので、

他人都合で計画が狂うことが少なく、落ち着いて過ごすことができそうです。

 

企業の研究所では、

仕事そのものの締め切りまでの長さやお客様とかかわる頻度が、

社内での時間の過ごし方に大きく影響しています。

 

②研究中心の部署は、時間がゆったりと流れる

研究は一朝一夕で完結しません。

プロジェクトごとに数か月~数年という長い目標を立て、

その期間で一定の進捗を目指して試行錯誤を繰り返します。

 

研究部門の偉い人たちはそのことをよくわかっているので、

特別な状況ではない限り試行錯誤に必要な期間を設けてくれます。

成果を出すまでの期限(締め切り)をある程度長めにとってくれるというわけです。

 

また、研究は新しいモノやサービスの土台を作る業務であり、まだ具体的なお客様がいません。

お客様からの要望に対応する場面が少ないので、

自分でコントロールできる時間が多くなります。

 

研究中心の部署の中でも、実際に実験作業を担っている部署では、時間がゆったりと流れる傾向があります。

 

③お客様に近い仕事をする部署は、時間の流れが速い

お客様や営業担当の問い合わせや要望に対応する部署、新製品の刷新サイクルが早い部署などは、

どうしても時間の流れが速くなります。

お客様や営業担当と直接かかわる部署は、このような早いペースに頻繁に巻き込まれます。

 

・コンペ用の試験品、お客様から処方をこんな感じで変えてほしいって言われたんだけどできる?明日の10時までに。

・この健康食品、有用成分含量を規格ぎりぎりにして単価を下げてほしいんだけど、明日の製造に処方間に合う?

このようなお仕事に日々対応されている方には頭が上がりません。

 

企業も利益を上げなくてはいけないので、

お客様やユーザー様の要望には可能な範囲で対応していくことも求められます。

要望には大小いろいろなものがありますが、

お客様は困った末に問い合わせをしているので往々にして期限が短いです。

 

まとめ

締め切りが短い業務、お客様やユーザーに近い業務を行う部署や社員は、

日々迫りくる締め切りやお客様からの突然の要望に対して、

時に鮮やかに、時に苦しみながら対応しています。

 

一方でこのような業務を得意とする研究員も多くいます。

科学的な知識や考え方を駆使して対応しているのを見ると、尊敬の念を感じます。

 

新規テーマにじっくり取り組んでシーズを作り出す仕事と、

お客様などの要望に応えて利益の拡大に貢献する仕事。

皆様はどちらの方が得意でしょうか?