この記事では2024年5月中旬~6月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。
「ミトコンドリア治療を経口摂取で実施できる製剤を開発した」という、ミトコンドリア治療の今後の未来を大きく変える論文や、「父親の精子ミトコンドリアが子供の健康に影響する」というこれまでの常識をひっくり返すような論文などを紹介します。
※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。
2024年6月10日:最新論文4報
妊娠前の父親のミトコンドリアの情報が、精子を介して子供の健康に影響する Nature誌
父親のミトコンドリア情報が子どもの健康に影響することを示した衝撃の論文。
タイトルは
Epigenetic inheritance of diet-induced and sperm-borne mitochondrial RNAs
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07472-3
ご存じの通り、ミトコンドリアは母親から受け継ぎます。しかしこの論文では、父親の食生活などの生活習慣が精子ミトコンドリアのRNAに影響し、これが受精後にepigeneticな作用を発揮することを示しています。
動物試験では、雄マウスに妊娠前に高脂肪食を摂取させると、精子ミトコンドリアtransferRNAに短い断片が多く出現し、この短いRNA断片が受精後に転写調節の作用を発揮した結果、仔の代謝障害につながることを報告しています。
そしてこの論文がすごいのは、ヒトでも同じような事象を見つけたこと。
ヒト男性の精子中の ミトコンドリアtransferRNA断片がその人のBMIと相関しており、妊娠前後の父親の体系が肥満だと生まれてくる子の肥満リスクが 2 倍になることを、ヒト観察研究から明らかにしています。
父親のミトコンドリアの情報が子どもに影響するということだけでも衝撃的ですが、そこに父親の生活習慣も強く関わっているというのはとても驚きでした。
父親になるには、その前の食生活や生活習慣も大事なのかもしれません。
ミトコンドリアを経口摂取し治療に応用できる製剤を開発! Nature Nanotechnology誌
ミトコンドリア移植治療を、経口摂取できる製剤を開発したという論文。
タイトルは、
Oral mitochondrial transplantation using nanomotors to treat ischaemic heart disease
https://www.nature.com/articles/s41565-024-01681-7
ミトコンドリアが強く関わる難病がいくつもあり、その治療可能性の一つとしてミトコンドリア移植に注目が集まっています。
この論文では、そのミトコンドリア移植が経口摂取でできてしまうかもしれない製剤を開発したそうです。
具体的には、ナノモーター化させたミトコンドリアを腸で溶けるカプセルにいれることで、胃酸を回避して小腸まで届き、そこでカプセルが溶解してミトコンドリアが放出されるように設計できたとのこと。
そして、そのミトコンドリアが心臓まで到達していることも分かったそうです。
その後実際に動物モデルでミトコンドリア製剤が疾患の予防・改善に寄与するかを評価しており、この論文では虚血性心疾患マウスがミトコンドリア製剤の投与を受けることで、症状の進行を遅らせることができたそうです。
新生児の成長や疾患マーカーを予測するモデル Cell Metabolism誌
新生児生後6ヶ月間の体格・臓器の成長を予測するモデルを作ったという論文。
タイトルは
Personalized metabolic whole-body models for newborns and infants predict growth and biomarkers of inherited metabolic diseases
https://www.cell.com/cell-metabolism/fulltext/S1550-4131(24)00182-7
論文によると、成人の未来の体格や体内バイオマーカーの推移を予測するモデルは開発されていたが、乳幼児を対象としたものはこれまでにはなかったとのこと。
この研究では、生後6か月までの成長(身長・体重)や各臓器重量の増加を予測できるモデルの開発を行っています。
そしてモデルによる身長・体重の予測値の範囲は、現在WHOが示している成長曲線とほぼ同じものになったそうで、その妥当性を主張しています。
また、新生児の体内臓器360種の代謝特性も予測できる能力を備えたいるようで、論文では水収支やATP合成の予測精度なども報告されています。
また、このモデルはさらなる応用にもチャレンジしており、モデルに新生児の血液メタボロームデータを追加すると、その後の遺伝性代謝疾患バイオマーカーも予測できることを示しています。
私見ですが、このモデルを使い新生児のデータを入力することで、ご家族だけでなく医療機関や行政もその子の成長推移を事前にある程度把握し、必要な対策を事前に打てるような世界が作れるのかな?と思ったりもしました。
地中海食を長期間継続すると死亡率が下がる? JAMA Network Open誌
地中海食を安定して長期間続けることがその後の死亡率に関連するか、そしてその媒介因子となるバイオマーカーは何かを調べたコホート研究。
タイトルは
Mediterranean Diet Adherence and Risk of All-Cause Mortality in Women
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2819335
この論文によると、地中海食の有効性を調べた試験は数多くありつつも、その食生活を非常に長い期間つづけた際の影響やその基礎的なメカニズムを推定する研究はほとんどなかったようです。
この研究は、2.5万人の米国女性を25年追跡したコホートデータを使用して、地中海食の遵守率がその後の全死亡率にどのように関連するか、そしてそのメカニズムとして体内バイオマーカーや体組成因子が媒介している可能性があるかを調べています。
結果としては、順守率が高いほど全死亡率が23%低かったそうです。
そしてその媒介因子として、代謝物(14.8%)、炎症マーカー(13.0%)、BMI(10.2%)インスリン抵抗性(7.4%)などが見いだされたそうです。
健康への有効性が強く示唆されている地中海食ですが、その有効性は長期間続けることでより頑健になるようです。
終わりに
今回は、ミトコンドリアに関する衝撃論文2報と、新生児成長予測モデル、地中海食の有効性を調べたコホート研究、を紹介しました。
ミトコンドリアに関する2報はどちらも衝撃的で、父親ミトコンドリアの子供への影響も、経口ミトコンドリア移植も、今後の世代間研究や疾患治療に大きな影響を与えそうです。
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