この記事では2024年6月上旬~中旬に出版された最新論文を4報紹介します。
「睡眠不足が学習記憶の定着を妨げる」という普段の生活と密接に絡む研究や、概日リズムががんの転移と関連していることを明らかにした研究、植物油の光酸化をリアルタイムで確認する方法を開発した論文、などを紹介します。
※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。
2024年6月21日:最新論文4報
睡眠不足は記憶力を損なう Nature誌
睡眠不足が記憶定着に重要な海馬の機能に悪影響を及ぼしている可能性を示した動物試験の論文。
タイトルは
Sleep loss diminishes hippocampal reactivation and replay
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07538-2
脳の中でも海馬と呼ばれる領域が学習後の記憶の定着に重要であることは知られていますが、特に睡眠中にその記憶定着は図られているようです。
その記憶定着の際、海馬では記憶保持に重要な「リップル波」と呼ばれる脳波が流れており、動物モデルなどでこのリップル波の様子を検知することで海馬における記憶定着状況が確認できるようです。
この研究では動物実験で、記憶保持に大きく関わる海馬のCA1ニューロンを12時間観察し、睡眠時のリップル波の様子を観察したとのこと。
その結果、睡眠不足のマウスでは睡眠中のリップル波の波形が通常と異なる(幅が小さく、周波数が大きい)ことを確認したそうです。
そして、この現象が学習状況に寄与することを、マウスの行動実験などを織り交ぜて確認しています。
がんの転移に概日リズムが関与する Cell Metabolism誌
概日リズムの乱れが大腸ガンの転移と関連することを示した論文。
タイトルは、
Dysfunctional circadian clock accelerates cancer metastasis by intestinal microbiota triggering accumulation of myeloid-derived suppressor cells
https://www.cell.com/cell-metabolism/abstract/S1550-4131(24)00172-4
ガン免疫が概日リズムに支配されているという研究が最近急増していますが、この研究は「ガンの転移」についても会日リズムの乱れが悪影響を及ぼしている可能性を報告しています。
この研究ではまず大腸ガンの患者を対象に調査し、ガンの転移状況が単球や顆粒球の挙動が概日リズムの乱れにより影響を受けていることを確認しています。
その後動物モデルでの検証に移り、概日リズムの乱れがMDSCのガン組織への集積、機能不全CD8T細胞の蓄積などを引き起こし、これがガンの転移促進と関連している可能性を示唆しています。
さらに、免疫抑制細胞であるMDSCのガン組織への集積において腸内細菌由来代謝物のタウロコール酸が寄与していることを明らかにしており、腸内細菌⇒タウロコール酸⇒MDSC蓄積⇒ガン転移促進、という流れがあることを示唆しています。
ヒトの脂肪性肝疾患を動物モデルで評価する独自指標を開発 Nature Metabolism誌
ヒトの脂肪性肝疾患(MASLD)を体現するマウスモデルが無いという課題に対して、マウスのオミクスデータを元に「MASLDヒト近接スコア」を開発して動物での評価に使えることを示した研究。
タイトルは
An unbiased ranking of murine dietary models based on their proximity to human metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease (MASLD)
https://www.nature.com/articles/s42255-024-01043-6
論文によると、NAFLDなどとは発症メカニズムが異なるMASLDについて、ヒトの症状を適切に反映する動物試験モデルがなく、それが原因で研究が十分に進められていなかったそうです。
そこでこの研究では、過去に「MASLDの研究モデル」として使用されてきたさまざまなマウスモデルを使い、その取得データをもとにヒトMASLDをどのくらい体現できているかを示すスコア「MASLDヒト近接スコア」を開発し、今後の研究に役立てられることを報告しています。
具体的には、代謝表現型、肝臓の組織病理学、トランスクリプトームなどのマルチデータを取得し、この結果とヒト症状との整合性を照らし合わせることで、ヒトのMASLDとの同等性をスコア化する取り組みを行ったようです。
実際、この近接スコアが、ヒトにおける肝臓線維化の状態や代謝変化についてマウスでも同様の変動がみられることを正しく示せていることを報告しています。
まだ若干課題がありそうな雰囲気もありますが、今後のMASLDのin vivo研究において重要なスコアになるかもしれません。
植物油の光酸化をリアルタイムで測定する Food Chemistry誌
植物油の光酸化を、非破壊・リアルタイムで測定する方法を開発した論文。
タイトルは
Real-time monitoring of vegetable oils photo-oxidation kinetics using differential photocalorimetry
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814624016613
食品界隈では、「植物油の品質管理は酸化との戦い」と言われるくらい、油の酸化に対する対策は重要です。
酸化の原因はもちろん酸素ですが、この酸化を加速させる触媒の一つが「光」です。
そのため、「光」を物理的にブロックすることが重要です。スーパーで一部の油が遮光ボトルに入っているのはそのような理由です。
光によって進む酸化「光酸化」は、光と酸素がある限り進んでしまうため、品質管理もかねて常に確認しておくことが理想的です。しかし、リアルタイムで光酸化の進行を確認できる確立した方法がこれまでなかったようです。
そこでこの研究では、「示差光熱量測定法(DPC)」を活用して、油脂の光酸化を非破壊・リアルタイムで確認する方法を開発しています。
DPCを用いて酸化に伴い発生する僅かな熱の動きを感知することで、酸化の進行をモニターしているようです。
精度の確認も行っており、従来のLC-DAD法(こちらは破壊分析)と比べても遜色ない結果が得られているようです。
終わりに
今回は、睡眠不足が記憶の定着に悪影響を与えるメカニズムを調べた研究、ガン転移と概日リズムの関連を調べた論文、植物油の光酸化をリアルタイムで測定する論文、などを紹介しました。
特に睡眠不足と記憶の定着については、大人だけでなく普段勉強を生業としている子供たちにとっても重要な情報です。みなさん、ちゃんと睡眠はとりましょう!
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