この記事では2024年6月下旬~7月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。
※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。
2024年7月15日:最新論文4報
老化を予防するかもしれないポリフェノール? Nature Aging誌
天然物のスクリーニングから、老化抑制作用がある植物素材とその有効成分としてポリフェノールの一種「ルテオリン」を同定した論文。
タイトルは
Targeting senescence induced by age or chemotherapy with a polyphenol-rich natural extract improves longevity and healthspan in mice
https://www.nature.com/articles/s43587-024-00663-7
私が所属している食品会社でもよくやる研究の一つに、何かに対して強い生理活性を持つ天然物やその抽出物を探索し、そこに含まれる有効成分を特定して実用化を目指すというものがあります。
会社によっては天然物抽出物の膨大な独自ライブラリーを持っており、会社として目指したい健康機能性を発揮するよう成分をスクリーニングしているようですね。
この論文も考え方は同じで、老化抑制作用を持つ天然物成分をスクリーニングし、その活性やメカニズムを動物モデルで確認するという研究を展開しています。
具体的には、Salvia haenkei(Haenkenium 、残念ながら適する日本語がない)という植物の抽出物を老化促進マウスに投与したところ、老化細胞の蓄積が減少し、寿命、体力、線維症、骨の石灰化、炎症など、いくつかの老化関連パラメータが緩和されたことを報告しています。
そして、その有効成分としてポリフェノールの一種である「ルテオリン」とそのグルクロン酸抱合体「ルテオリン-7-O-グルクロニド」を特定し、p16-CDK6の相互作用を阻害して細胞周期を早め、老化促進を食い止めていることを明らかにしています。
ルテオリンは結構様々な活性があることが報告されており、日本ではサプリメント形態でも販売されています。今後、老化との関連でどのような実用化が展開されていくか、見守りたいと思います。
複数の細胞小器官を一斉にイメージングする手法 Nature Cell Biology誌
6つの細胞小器官を一斉にイメージングする手法「OrgaPlexing」を開発し、小器官同士の相互作用を捉えた論文。
タイトルは
Functional multi-organelle units control inflammatory lipid metabolism of macrophages
https://www.nature.com/articles/s41556-024-01457-0
細胞小器官の観察は小器官ごとに適切な試薬で染色して観察しますが、通常は細胞の静的(止まった状態)を観察することが中心で、特定の刺激などが入った際に小器官同士がどのように相互作用して細胞内で変化を起こしているかは、なかなか観察が難しかったようです。
この論文では、細胞を脂肪滴、ペルオキシソーム 、ミトコンドリア 、ゴルジ体 、リソソームで免疫染色し、この6つを一斉にイメージングできる手法「OrgaPlexing」を紹介しています。
詳しい原理などは論文を見てほしいですが、この手法を使用することで、細胞内外の刺激に対して6つの細胞小器官の動的な変化を追跡ようになったそうです。
そしてこの論文では、マクロファージをLPSなどで刺激して活性が高まっていく過程で、細胞小器官がどのような動態をしているかを観察し、その過程で関わる代謝経路などの解析につなげています。
分かったこととしては、
・LPSなどでマクロファージに刺激を入れると、最初に脂肪滴が応答する。
・その後ミトコンドリア–小胞体–ペルオキシソーム–脂肪滴のユニットが形成され、脂肪滴からの脂肪酸放出を促す。
・放出された脂肪酸(アラキドン酸)が炎症性脂肪酸代謝物であるPGE2へ代謝変換される。
という現象が細胞小器官の相互作用を経て引き起こされているそうです。
小児の糞便メタゲノムから自閉症スペクトラムを判別する Nature Microbiology誌
小児1600人の糞便メタゲノムから腸内微生物データ(細菌、アーキア、ウィルス、真菌)をとり、自閉症スペクトラム(ASD)の有無を判別するモデルを作った論文。
タイトルは、
Multikingdom and functional gut microbiota markers for autism spectrum disorder
https://www.nature.com/articles/s41564-024-01739-1
私がこの研究ですごいと思ったのは、小児1600人分の糞便メタゲノムを解析したこと。
大人と違って子供のサンプリングは独特のむずかしさがあることや、その後その膨大なサンプル数すべてをメタゲノムにかける予算規模の大きさなど、この研究の神髄はここにあるのだろうと感じています。
メタゲノムを解析したことにより、これまでよく行われている腸内細菌だけでなく、真菌、古細菌、ウイルス、アーキアの情報も取得でき、糞便微生物ほぼすべてを解析することができるという強みにもつながっています。
この研究この糞便微生物のデータを使い、自閉症スペクトラムを持つ子どもとそうでない子供における糞便微生物や代謝経路の違いなどを探索しています。
判別モデルがAUC=0.91という驚異のスコアを出している(ちなみに、細菌だけ、真菌だけ、などのモデルでは判別鵜がかなり下がるらしい)ことに加え、遺伝子情報から自閉症の子供においてチアミン(ビタミンB1)関連の代謝経路の活性が下がっている可能性を発見しています。
食事から摂取する脂肪酸を切り替えたときの健康を予測する Nature Medicine誌
飽和脂肪酸の摂取を不飽和脂肪酸に置き換えた際に血液リピドミクスに与える変化を予測するスコア(MLS)を開発し、このスコアが健康リスク評価に使えることを示した研究。
タイトルは
Lipidome changes due to improved dietary fat quality inform cardiometabolic risk reduction and precision nutrition
https://www.nature.com/articles/s41591-024-03124-1
食事から摂取する油脂は種類ごとに結合している脂肪酸の種類が異なっており、一般の人においては飽和脂肪酸の摂取量が多すぎることは望ましくなく、一定量を不飽和脂肪酸に置き換えることで様々な疾患リスクを下げられるといわれています。
一方で栄養による健康への影響は個人差が大きく、脂肪酸の切り替えによる効果も一人一人異なることが想像されます。
この研究では、「飽和脂肪酸を多く摂取した群と、その一部を不飽和脂肪酸に切り替えた群」を設定したヒト介入試験の血液データなどを使用し、摂取した脂肪酸を切り替えたことによる血液りピドームへの影響を一人一人スコア化できる指標「MLS(multilipid score)」を開発しています。
MLSはスコアが高いほど食事脂質の質がいい(=不飽和脂肪酸に適切に置き換えられている)という指標として使っています。
さらにこのMLSについて、MLSが高いことが疾患リスク低下などへの効果を予測するのに使えないだろうか?ということを調べています。
複数の介入試験やコホート研究のデータを駆使してMLSの妥当性を調べたり、実際に疾患リスクとMLSに明確な関連がみられるかなどを徹底的に調べています。
結果として、MLSが高いほど心血管疾患リスクやⅡ型糖尿病リスクが低下することを見つけています。
研究全体でみているのは、「食事脂肪酸の置き換え⇒血液リピドームの変化(MLS)⇒疾患リスク低下」という一般的な流れです。
しかし、リピドーム(MLS)を間に入れることで、食事を置き換えたことによる個人ごとの変動をある程度可視化できるようになったことで、精密栄養的なアプローチをするヒントが得られるようなデザインになっています。
終わりに
今回はいかがだったでしょうか。
老化を抑制するかもしれない食品成分はこれまでもたくさん出てきていますが、今回見つかったルテオリンがどのくらい実用化まで近づいていくか、見守っていきましょう。
また、食事を変えることによる健康への影響を予測する指標の開発は様々なところで行われていますので、このスコアに限らず、いろんな指標が出てくるのを楽しみにしたいところです。
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