この記事では2024年5月中旬~6月上旬に出版された最新論文を4報紹介します。
「妊娠期に栄養不良だった母親から生まれた子供は、老化も早い」とい改めて妊婦における栄養の重要性を示す論文や、皮膚の修復において実は皮下脂肪組織が重要と示した論文、膨大な天然微生物のゲノム情報から新規抗菌ペプチドを同定したという論文、などを紹介します。
※本ブログは、直近で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。
2024年6月14日:最新論文4報
妊娠中の母親の栄養不足は、子の老化を早める? PNAS誌
父親のミトコンドリア情報が子どもの健康に影響することを示した衝撃の論文。
タイトルは
Accelerated biological aging six decades after prenatal famine exposure
https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2319179121
世界的に、特に栄養学では非常に有名なコホート研究である、1944-45年のオランダの飢餓「Dutch Famine」
第二次世界大戦中、オランダの一部地域がドイツ軍の経済封鎖を受けて食料品などが届かなくなり、住民は約半年間の厳しい冬の時期を飢餓状態で過ごすことを余儀なくされました。
この時、妊婦も十分な栄養が摂取できず、低栄養状態を強いられていました。
そしてのちの研究から、飢餓の時期に妊娠していた妊婦から生まれた子供はその後生活習慣病や統合失調症などの発症が極端に多くなっていることが分かり、この研究を機に妊娠期の栄養状態が児の発育に強く影響する「DoHaD」の概念が登場しました。
この論文では、この当時に生まれた人達が「生物学的年齢」という観点においても出生時の低栄養状態の影響を受けているかを調べています。比較対象としては、この短期的な飢餓が過ぎ去った翌年に同じ病院で生まれた人を採用しています。
結果、58歳になった際に血液を採取しDNAメチル化を確認したところ、低栄養状態で出生した人の方が生物学的年齢が高い値を示したことが示されたそうです。
この研究はDoHaDの観点で非常に示唆に富んでいるように感じます。
特に、日本で近年危惧されている、「若年女性の痩せ」の問題に対しても、一つ問題提起をしているように感じました。
傷ついた皮膚の修復に、皮下白色脂肪組織がかかわる Cell Metabolism誌
皮膚の修復と再生に皮下白色脂肪組織(sWAT)が関わることを示した研究。
タイトルは、
The browning and mobilization of subcutaneous white adipose tissue supports efficient skin repair
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1550413124001815
論文のイントロによると、皮膚の修復と再生において脂肪組織が重要であることは研究されてきたようです。
しかし、これまでは真皮白色脂肪組織(dermal white adipose tissue)の報告はあるものの、皮下白色脂肪組織(sWAT)の関与については全く分かっていなかったとのこと。
研究者たちは、sWATがその後ベージュ化や褐色化して様々なアディポカインなどを分泌する機能があり、これが皮膚に何らかの影響を与えているのでは?と仮説を立てていたようです。
研究では、実際にsWAT由来の成熟脂肪細胞が皮膚の修復・再生に働くことを示しています。
具体的には、以下の機序が起きているようです。
・皮膚創傷部にsWATが入りこみ、そこで褐色化する。
・褐色化した脂肪細胞が、ニューレグリン4(NRG4)という神経栄養因子を発現する。
・NRG4が、マクロファージの極性化や筋線維芽細胞の機能を制御し、皮膚修復を促している。
食品中マイクロプラスチックの吸収は、加工・調理法の影響を受ける Food Chemistry誌
食品に微量に含まれるマイクロプラスチックには多様な添加物が含まれており、一緒に摂る成分や調理法がこれら添加物の腸からの吸収率に影響する可能性を示した論文。
タイトルは
Processes influencing the toxicity of microplastics ingested through the diet
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814624015978
食品に微量ながらマイクロプラスチックが含まれているのは耳にしたことがある方もいると思います。実際論文のイントロでは、様々な食品中の含量が記載されており、ちょっとびっくりします。
一般的に、多くの食品はその調理の際に加熱工程が含まれていますが、この論文ではその加熱工程が、摂取後腸内でマイクロプラスチックに包含されている環境物質や添加物の放出につながっているのでは?と考えたようです。
論文での報告を見ると、
・実際にマイクロプラスチックの中には微量ながら多様な添加物や環境物質が含まれている。
・添加物の一部(フタル酸エステル、ベンゾフェノン、N-ブチルベンゼンスルホンアミド(NBBS)、ビスフェノールA)は、加熱調理に伴って液体中に放出される。
・加熱調理に使用する際、水が汚染されている、もしくは脂質を多く含んでいると、上記物質の放出がより促されてしまう。
ということを報告しています。
マイクロプラスチック自体が血中に入り込んでいるという研究も見たことがありますが、腸管で環境物質を放出していることやそれに加熱調理や水・脂質が絡んでいるということは、食品をずっとやってきた私にとっても驚きでした。
膨大なマイクロバイオームデータから新規抗菌ペプチドを探索・同定 Cell誌
生物・環境のあらゆる微生物についての膨大なゲノムデータセットと機械学習モデルを構築し、未知物質も含むペプチドライブラリーを作って新規抗菌ペプチドを探索・同定した論文。
タイトルは
Discovery of antimicrobial peptides in the global microbiome with machine learning
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(24)00522-1
この研究の仮説では、微生物はヒトなどの生物体内だけでなく地球環境の様々な場所に存在しており、相互の共生関係を維持する中で様々な抗生物質を分泌しあっているはずだ、と考えています。
そして、これら抗生物質の中にはヒトの疾患治療に有効であるものがまだまだ眠っているはずであり、天然の微生物ゲノムデータを駆使すれば合成されるタンパク・ペプチドを同定することで、実用化できる抗生物質として吊り上げられるはずだ!というのがモチベーションのようでした。
この論文では、公開データベースにある微生物ゲノム情報を集積・統合・カタログ化し、その配列情報(ORF)を既存の抗菌ペプチドデータを学習したモデルに組み込み、機械学習モデル「AMPSphere」を作成しています。これにより、配列情報から合成されるタンパク・ペプチドを導き出すことができるようになっているようです。
実際にAMPSphereを使用した結果、何と約90万もの抗生物質候補ペプチドが同定され、そのスケールの大きさを物語っています。
この研究ではその後、そのうち100種を実際に合成して抗菌活性を評価し、63種で病原菌に対する抗菌活性を確認したとのことを報告しています。
終わりに
今回は、妊娠期の栄養状態の重要性を再確認する論文と、皮膚修復と皮下脂肪の関連、食品マイクロプラスチック、膨大なマイクロバイオームデータから新規抗菌ペプチドを探索・同定する研究、を紹介しました。
特に、妊娠期の母親の栄養については、これまでも多くの研究がその重要性を示しています。痩せ信仰が依然残っている日本人女性の皆様に少しずつでいいので伝わっていってほしいところです。
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