妊娠・出産・その後の子供の発育、という一連の流れに焦点を当てた研究の多くは、母親と子供(胎児・乳児)の関連に注目しています。
一方で、「父親の関連も重要だよ」という論文も少しずつ登場しており、父母両方の健康状態が子どもに様々な影響を与えていることが少しずつ分かってきています。
父親の影響を調べている研究は「遺伝」に着目した研究が中心です。
そのため、遺伝以外の因子、例えば食事・腸内細菌といった遺伝以外の要素の影響を調べた研究は少なく、特にその影響を実験的に調べようとした研究はとても少ないです。
しかし、直近で3報ほど、妊娠前の父親の食事・腸内細菌の子供に対する影響を調べた研究を見つけ、非常に興味深い内容であったため今回紹介することとしました。
今回は、「妊娠前の「父親の状態」が子どもの健康に影響するかも?」というテーマで論文を2報紹介します。
※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。
妊娠前の「父親の状態」が子どもの健康に影響するかも?という論文3報
妊娠前の父親の食生活が、仔の発育・代謝状態に関わる Nature Communications
妊娠前の「父親」の栄養摂取状況が仔に与える影響を探索的に調べた、動物試験の論文。
タイトルは、
Paternal dietary macronutrient balance and energy intake drive metabolic and behavioral differences among offspring
https://www.nature.com/articles/s41467-024-46782-y
主な実験として、カロリーは同じで炭水化物・タンパク質・脂質の割合が異なる10種の飼料を「父マウスのみ」に与え、仔マウスの代謝評価や行動試験をしています。
当然ですが、母親は同じ餌(標準飼料)を摂取しています。父親と母親で餌を変え、お互いの飼料を食べさせることなく、狙ったタイミングで交配させているということになります。
このあたりの方法にもかなりノウハウがありそうです。
結果として、PFCバランスが異なると仔の代謝状態に変化が出てくるのですが、特に面白いのがこの性別によって影響の受け方が異なること。
例えば、以下の感じ。
・父親の脂肪摂取が多いほど雌の仔の体脂肪も正相関して増加するが雄の仔では関連がなかった。
・一方オスの仔では父親のタンパク質が少なく炭水化物が多いと、雄の仔の不安様行動が増加する。
父親の食生活が仔に影響することが実験的にも確認できたことは驚きですし、その影響がこの性別で異なる可能性が示唆されたのも興味深いです。
妊娠前の父親の「腸内細菌叢の状態」が仔の出生や発育に影響? Nature
交配前の「父親マウス」の腸内細菌叢を抗生物質で撹乱させると、その後生まれる仔の出生や成長に影響することを確認した、動物試験の論文。
タイトルは
Paternal microbiome perturbations impact offspring fitness
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07336-w
動物実験において、抗生物質を使用して事前に腸内細菌叢を破壊した雄マウスを交配させると、生まれてきた仔マウスにおいて低出生体重、重度の成長遅延、早期死亡が引き起こされる確率が高くなったようです。
なぜそのようになるかを調べる中で著者らは雄マウスの生殖機能に着目しており、精巣代謝プロファイルの変化、精子内RNAの小さな変化を観察しています。
それだけでなく、受胎したメスマウスでも子宮内胎盤機能不全のリスクが上昇することが確認されたようで、雄の生殖機能⇒メスの子宮内の状態⇒仔の健康状態、の流れで連続して影響を受けていることが分かったようです。
妊娠前の父親のミトコンドリアの情報が、精子を介して子供の健康に影響する Nature誌
父親のミトコンドリア情報が子どもの健康に影響することを示した衝撃の論文。
タイトルは
Epigenetic inheritance of diet-induced and sperm-borne mitochondrial RNAs
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07472-3
ご存じの通り、ミトコンドリアは母親から受け継ぎます。しかしこの論文では、父親の食生活などの生活習慣が精子ミトコンドリアのRNAに影響し、これが受精後にepigeneticな作用を発揮することを示しています。
動物試験では、雄マウスに妊娠前に高脂肪食を摂取させると、精子ミトコンドリアtransferRNAに短い断片が多く出現し、この短いRNA断片が受精後に転写調節の作用を発揮した結果、仔の代謝障害につながることを報告しています。
そしてこの論文がすごいのは、ヒトでも同じような事象を見つけたこと。
ヒト男性の精子中の ミトコンドリアtransferRNA断片がその人のBMIと相関しており、妊娠前後の父親の体系が肥満だと生まれてくる子の肥満リスクが 2 倍になることを、ヒト観察研究から明らかにしています。
父親のミトコンドリアの情報が子どもに影響するということだけでも衝撃的ですが、そこに父親の生活習慣も強く関わっているというのはとても驚きでした。
父親になるには、その前の食生活や生活習慣も大事なのかもしれません。
終わりに
コホート研究などでは、父親側の生活習慣(食事、喫煙、飲酒、などなど)が子どもの出生状態やその後の発育に影響する可能性も一部示唆されています。
特に父親の生活習慣がミトコンドリア情報を介して子どもに影響しているというのはなかなか衝撃的でした。
しかし、その関連ではその他の交絡因子(母親側の状態、遺伝、など)の影響が大きすぎるゆえに、実際の影響度はどうなのかはあまりよく分かっていないのが現実のようです。
今回、動物試験ではあるものの父親側の食事・腸内細菌叢の影響が実験的に明らかになったことで、そのメカニズムの推定を通して、実際ヒトにおいて父親は生活の中で何に気を付ければいいかが分かってくるとよいですね。
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