生化学や生理学を研究されている方の多くは、「低分子化合物とGPCRの相互作用」や「GPCRを介したシグナル伝達」という部分についてよくなじみがあるのではないでしょうか。
例えば、短鎖脂肪酸とGPR41やGPR43、長鎖脂肪酸ならGPR40やGPR120、といった感じで、いくつかの組み合わせをすぐに連想できる方も多いと思います。
一見、これらの組み合わせやそれを介したシグナル伝達は、すでに多くのことが明らかになっているように感じてしまうかもしれません。
しかし、2023~2024年にかけて、誰もが知っている分子とGPCRの新たな相互作用などを報告した論文がトップジャーナルにたくさん出てきました。
個人的にも、この領域について未だ明らかになっていないことがたくさんあることを再認識させられました。
そこで今回は、「低分子とGPCRの新たな相互作用を明らかにした論文3報」にという内容で論文を紹介します。
※本ブログは、直近1年程度に出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。
低分子とGPCRの新たな相互作用を明らかにした論文3報
コレステロールが舌で苦味を感じる受容体シグナル伝達に関与 Nature誌
苦味を感じるメカニズムにコレステロールが関わっている可能性を示唆した論文。
タイトルは
Bitter taste receptor activation by cholesterol and an intracellular tastant
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07253-y
コレステロールと言えば、「LDL・HDL」のように脂質代謝やバイオマーカーとしての役割を連想する人や、「動物油脂に含まれる」のように食品学の側面を想像することが多いのではないでしょうか。
ところがこの論文では、舌の苦味受容体「TAS2R14」から苦味シグナルを伝達する過程において、コレステロールがそのトリガーの一つを担っていることを報告しています。
コレステロールと苦味、全く関連が想像できません…
TAS2R14という苦味受容体について、これまで100種類程度のリガンドが報告されていたようです。
しかし、リガンド結合後のシグナル伝達については分かっていないことが多かったとのこと。
この研究では、TAS2R14の立体構造を詳細に調べ、その結合ポケットにはまる分子を探索するという流れで研究が行われています。
その結果、苦味受容体TAS2R14には2つの複合体があり、片方はコレステロール、もう片方は苦味物質を認識することを明らかにしています。そして、この2つのリガンド認識が引き金となって苦味シグナルが走ることを明らかにしています。
遊離脂肪酸の二重結合位置が違うと、GPCRからのシグナルが変わる Science誌
遊離脂肪酸に含まれる不飽和結合の位置により、遊離脂肪酸受容体GPR120を介したシグナルが変わるという論文。
タイトルは、
Unsaturated bond recognition leads to biased signal in a fatty acid receptor
https://www.science.org/doi/10.1126/science.add6220
この記事の冒頭でも書いた通り、GPR120は遊離脂肪酸受容体の一つとして広く知られています。
一方で、GPR120にはさまざまな立体構造の脂肪酸が結合することも確認されており、脂肪酸の構造の違いをGPR120がどのように認識し、それに伴い伝達されるシグナルにどのような違いがみられてくるかは分かっていないことが多いようです。
この研究では、飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸について、それぞれ炭素数や二重結合の数・位置がことなる脂肪酸について、GPR120がこれらをどのようにして「別の脂肪酸」と認識しているかを、クライオ電顕や生理学的実験を駆使して迫っています。
研究により、GPR120のリガンド結合部位に芳香環を含む残基が存在しており、この芳香環のπ-π結合が不飽和脂肪酸の二重結合の位置を特異的に認識するカギとなっていることを明らかにしています。
また、脂肪酸の二重結合を区別して認識した結果として、その先のシグナル(Gq、Gi、Gs)の入り方にも違いが出てくることも確認されています。
グリシンの新しい受容体が見つかった Science誌
認知度も高く構造も単純なアミノ酸の一種グリシンについて、新しい受容体GPR158が見つかったという論文
タイトルは
Orphan receptor GPR158 serves as a metabotropic glycine receptor: mGlyR
https://www.science.org/doi/10.1126/science.add7150
この研究では、そもそもGPR158がニューロンの興奮やシグナル伝達において重要な受容体であり神経系疾患の治療の標的となるはずであったものの、その内因性リガンドが全く報告されておらず、それを見つけることがモチベーションだったようです。
そして実際にGPR158の立体構造解析を行って「アミノ酸が候補っぽい」という仮説を導き、アミノ酸を対象にスクリーニングを行ったところグリシンにのみ強い活性がみられたことを確認したようです。
グリシンの受容体については、これまでイオンチャネルしか報告がなく、GPCRへの作用やそれを介した生理的役割については全く報告がなかったようです(ちなみに、タウリンもGPCRの報告がないらしい)。
終わりに
今回紹介した3報はいずれも低分子化合物とGPCRの新たな関連を明らかにした論文でした。
ともすれば、「GPCRのリガンドやそのシグナルなんてもうわかってるんでしょ?」と思われそうですが、グリシン・コレステロールといった誰もが知っている低分子であっても、受容体やシグナル伝達において未解明なことがまだまだたくさんあるようです。
今年もこのような論文がたくさん出てくるかもしれませんね。
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