こんにちは、食品メーカーで研究員をしている「とうや」と申します。
今回は、「食品企業研究者の私が、食品介入RCT論文を読むときの頭の中」というタイトルにしました。
食品メーカー各社がさまざまな健康食品を販売していますが、その裏では、食品による健康機能性についてエビデンス取得を目指してヒトRCTがたくさん行われています。当然試験計画や運営には食品会社の研究者も参加しており、彼らは普段からさまざまなRCT論文に目を通して研究デザインの参考としています。
また私は、RCTはヒトが何かを食べた際に起こる変化などがまとめられているので、食品・栄養の最新知見を得るという目的としても、RCT論文はよく読みますね。
一方で、私が食品介入RCT論文を読む際、論文に書かれていることを理解するだけでなく、食品会社での業務や背景知識と結び付けていろいろなことを考えます。この思考の癖は食品会社にいることで身に付いたものなので、他の業界やアカデミアのヒトとは違う目線が多分に含まれているのではないかと思います。
そこで今回は、「食品企業研究者の私が、食品介入RCT論文を読むときの頭の中」という内容にしました。
私がヒト介入RCTを読む際にどんなことを考えているか、この後紹介する参考論文を読んだ際にイメージしたことを例に示しながら紹介していきます。
※本ブログに記載されている内容は、著者の個人的見解です。
食品企業研究者の私が、食品介入RCT論文を読むときの頭の中
前提(私の基本スタンス)
まず最初に、論文に目を通す際の私の基本スタンスを記載しておきます。
是非はあると思いますが、いったんここは受け入れていただけると助かります。
「この論文の結果は一つの学説である」くらいの認識でとらえる。
「読む論文に書かれていることが真実だ、この世のすべてだ!」というのはあまりにも踏み込みすぎた読み方だと思います(さすがにこういう人はほとんどいないと思いますが)。
科学は多くの研究・学説が積み重ねながら真実に近づいていくものです。
私はこの前提の下で論文を読んでいるため、「ふーん、この研究ではこういうことが分かったのね、覚えておこう」くらいのスタンスで内容を理解していることが多いです。
批判的な視点はほどほどにしておく。
「論文は批判的に読むもの」という考え方は広く浸透しており、基本的に私も近い考えです。
一方で「批判的に論文を読んで、論理の矛盾や研究の不備などを見つける」という視点は、私はあまり強く持ちすぎないようにしています。
参考情報を集めることお優先するという私なりの理由もあり、批判的目線はほどほどに抑えています。
自分の参考になるところはないか?という目線を常に持つ。
情報収集を目的に論文を読むわけですから、「自分の仕事・研究に参考になる情報をゲットしよう」というモチベーションはかなり強いです。
最後におことわり
この後のセクションでは、論文を読む際の私の着眼点を紹介していますが、もちろんこれ以外のパートもしっかり読んでいます。
この後紹介する着眼点の中に、「統計解析」「Result」といった記載がありませんが、これらのパートを軽視しているわけではないということを、改めてお伝えしておきます。
今回の参考論文
この記事では私の思考をいくつか例示しますが、その内容は以下の論文読んで考えたことを記載しています。
こちらは韓国で行われたサプリメント摂取のRCTで、テアニンとラクチウム(乳タンパクの加水分解物)を含むサプリメントの摂取が大人の睡眠課題の改善に有効であるかを調べた論文で、2024年6月にFrontiers in Nutrition誌で公開されたものです。この論文の内容に関して、利益相反はありません。
https://www.frontiersin.org/journals/nutrition/articles/10.3389/fnut.2024.1419978/full
着眼点①:このRCTの結果をもとに、次に何ができるのかを想像する。
まず何より気になるのが、「このRCTの結果をもとに、次に何ができるのか」という点です。
私が論文を読む際、まず最初にtitleとAbstractに目を通して、方法、結果、簡単な考察をつかみます。この段階で私の頭の中では、「この結果が仮に真実だとしたら、次は何を調べる必要があるかな?」ということを想像しています。
そして、以降のセクションを順番に読み、情報を肉付けしていきます。
ただ、次に何ができるかについてはDiscussionやLimitationに著者の意見が書かれていることがあるので、MethodやResultよりも先に目を通してしまうこともあります。
参考論文を読んだ際に、私がイメージしたことをいかに例示してみます。
「この研究、サプリメント摂取によって(自己申告の)睡眠時間や睡眠の質の改善がみられたと書いてある。韓国の研究だから日本人も人種的な特徴は近いし、有効性の観点では、日本でこの設計のまま販売するという考え方もなくはないかも。ただ、この試験しか報告がないから、基本的には追試験するのが無難だろう。」
「睡眠改善を訴求する商品は日本にすでにたくさんあるけど、この状況でこの設計の商品を上市して戦える余地はあるだろうか?価格面がネックになるなら、有効成分の配合を少し調整した改良品で試験するという考え方もありそう。」
「このサプリメントはすでに韓国で一般向けに販売されているみたい。日本でも売られているのだろうか?。販売などに関して、日本での特許などはどうなっているのか調べてみてもいいかもしれない。」
RCTで得られた結果は、次にどのような展開を経れば実用化につながる可能性があるか。私はこの視点を第一に持ちながら論文に目を通すことが多いです。
着眼点②:介入食は何?どんな原料?どこから入手した?
次に気になるのが、「何を食べさせているか」です。
ヒトでの有効性検証をやっているわけですから、介入食で強化されている成分について、有効性が示唆される何らか先行情報があるはずです。
そして私の場合、介入食でのみ配合されている「原料」にも想像が向かいます。商品などに実用化する場合、使用する原料の情報はとても重要ですからね。
参考論文に照らし合わせると、こんな感じのことを想像しています。
「テアニンは喫食実績も十分だし、安全性試験もそこそこデータがあるはず。発酵生産で作られているはずだし、(調べてはないけど)原料価格はそこまだ高くないんじゃないか?」
「ラクチウムという乳タンパク分解物は初めて知ったけど、リラックスと関連するという文脈で販売している会社もあるみたい。安全性のデータなどはあるのかな?。あと、日本で機能性食品として使える可能性がどのくらいあるか、情報探ってみるか。原料価格はどのくらいなんだろう?」
「テアニン単独であれば原料価格を下げられるかもな。テアニンにも睡眠改善効果があるという報告があるらしいけど、先行研究が1報しかないっぽい。テアニン単独で日本人で調べてみるのもありかもしれない。」
私の場合、科学としての健康機能性だけでなく、その実用化に関する情報(原料やその調達、製品設計など)にも想像が向かいます。この点は食品会社に所属しているが故の思考かもしれません。
着眼点③:試験デザイン(特に、誰に、どのくらいの期間、介入している?)
RCTのデザインについては特に注意深く読みます。
その中でも、「誰に、どのくらいの期間、介入しているか」はかなり気にします。
今回の参考論文を見たときには、こんなことを考えました。
「被験者に男性の参加者がほとんどいないな。この結果は女性のメインの結果としていったん受け止めるとして、男性についてどのように考えればいいかな。ビジネス展開する上で男性も対象になるなら、追試験することになるのか?」
「被験者は、事前アンケートで睡眠障害の経験があると答えた人、と書いてあるな。日本で他社が行った睡眠研究のリクルート条件と近いのであれば、このRCTの結果をそのまま受け止めれば、このサプリメントは日本人にも合うかもしれない。」
「介入は8週間だから、機能性表示食品でよく設計する試験とデザインは近いな。実際に販売する時も、他の機能性食品と必要な介入期間は変わらないから、そこが問題になることは少ないかも。」
民間企業にいるがゆえに、実際にヒトが摂取する商品に実装できるかという点をよく考えます。
その視点において、誰に向けた商品設計を考えればよいのか、必要となる摂取量・摂取方法・介入期間に無理がないか、といった情報は非常に重要です。
着眼点④:(特に企業の論文の場合)このRCTからどんな事業展開を意識しているか想像する。
日本の食品会社は、トクホや機能性表示食品として健康食品などを届けるために、ヒト介入試験による有効性検証を実施することが良くあります。
そのため、食品会社がRCTを行う際には自社商品の販売・利益という目線が必ずと言っていいほど入っています。
言い換えると、RCTのデザインを読むことで、その企業が何を目指しているかが見えてきます。
例えば私がどのように考えているか、仮想例をいくつか書いてみます(以下の仮想例は、誤解を招く可能性があるため、参考論文とは切り離しています)。
仮想例1(登場人物:食品メーカーX社、ポリフェノールA)
「このRCTは食品メーカーX社が主導していて、ポリフェノールAの認知機能への影響を調べているな。でも、X社はポリフェノールAはすでに脂質代謝に関する機能性表示食品を持っているはず。既存品をダブルクレーム(2つの機能を同時に訴求すること)にリニューアルするのかな?」
「あれ?摂取量が今回のRCTの方が少ないな。ということは、認知機能訴求する商品を新たに売り出すのかもしれないな。」
「ポリフェノールAを含む食品原料は価格が高いから、配合量を少なくした設計で商品を出したいんだろうな。もしかしたら、脂質代謝についても有効量を下げるための臨床試験をすでに始めているかもしれないな。」
仮想例2(登場人物:抗酸化物質Y、大手メーカーB社、原料会社Z社)
「このRCTは抗酸化物質Yによるストレス緩和について評価していて、主導したのは大手食品メーカーのB社か。B社ってストレス緩和に関する健康食品てまだ出してなかったな。もしかしたら、何か準備しているのか?」
「B社の最近の特許公報に、(Yを含む抗ストレス組成物)みたいなものがあったな。もしかしたら抗酸化物質Yの新しい効果を基礎研究でだいぶ前に見つけていたんだろう。」
「B社は機能性食品をたくさん出しているけど、原料の多くをZ社から買っていたはず。そういえば、Z社は抗酸化物質Yを含む原料を最近販売し始めていたな。」
「ということは、Z社が作る原料をB社が機能性表示食品として実用化する、という流れができているんだろう。安全性試験に関するUMIN登録情報探してみるか。」
自分で書いていてなんか複雑な気持ちになりましたが、食品会社の研究者、特にトクホや機能性表示食品にかかわる仕事をしている人たちはこんなことをよく考えていると思います。
(私自身はトクホや機能性表示食品の仕事からはすでに離れているので、少しトレンドが変わってきているかもしれません。)
終わりに
今回は、食品介入RCT論文を読む際に、食品メーカー研究員の私がどのようなところに注目して論文を読み、どんなことを考えているかをまとめてみました。
いかがだったでしょうか。もちろんここに書いたことだけがすべてではないですが、およそこんなことを考えているということが伝わっていれば幸いです。
食品企業で研究者をしていると、食品介入RCTの論文にざっと目を通すだけで、成分、原料、(企業の場合は)事業戦略やその背景情報など、がいろいろつながってきたりします。
論文の中身だけでなく、その裏に隠れている情報・ビジネスを想像しながらRCT論文を読むのも面白いですよ。
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