この記事では、直近で出版された食物繊維に関す論文で、個人的に面白かった3報を紹介します。
※本ブログは、直近半年以内程度で出版された論文の中から、著者が独断と偏見で選択した論文を紹介しています。
2024年7月24日:最近の食物繊維論文で面白かった4報
食物繊維の摂取が満腹感につながるメカニズム Science Translational Medicine誌
まず1つ目は、食物繊維が豊富な食事をとることで満腹感が得られるメカニズムを解明した論文。
タイトルは
Diet shapes the metabolite profile in the intact human ileum, which affects PYY release
https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.adm8132
この研究は「食物繊維が食用を抑制するメカニズム、全然わかってないじゃん!」ということに着目し、実際に高繊維食と低繊維食をヒトに摂取してもらる介入試験(クロスオーバー試験)をデザインし、食欲調節や満腹感のメカニズムに迫っています。
この研究はそのやり方がすごくて、被験者は食品介入を受けている4日間、鼻からチューブを入れられた状態で過ごし、高繊維食もしくは低繊維食を摂取した後に継時的に小腸内容物を鼻から通したチューブを介して採取されています。
そして採取されたサンプルに含まれる栄養素・代謝物・ヒト由来のホルモンなどを分析し、満腹感とつながるメカニズムを調べています。
研究の結果、高繊維食の摂取した群では、回腸(小腸の一部分)で採取された内容物では、食欲抑制作用を示すペプチドホルモンであるpeptide YY (PYY)が多量に分泌されいることを確認し、これが食欲抑制(=満腹感)につながっていることを特定しています。
そしてその理由として、食品の消化で生じたアミノ酸類がL細胞からのPYY分泌にかかわっていることを明らかにしています。
水溶性食物繊維がアルコール性肝疾患を軽減するメカニズム Cell Host & Microbe誌
2本目は、水溶性食物繊維の摂取がアルコール性肝疾患を軽減することを、動物試験で確認した論文。
タイトルは、
Dietary fiber alleviates alcoholic liver injury via Bacteroides acidifaciens and subsequent ammonia detoxification
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1931312824002269?via%3Dihub
NASHをはじめとする肝疾患に対する、腸内細菌叢やその代謝物の関連は研究がたくさん出てきています。
その一方で、アルコール性肝疾患に対する関連は相対的に研究が少なかったとのこと。
この研究では、他の肝疾患と同様に、食物繊維の摂取量を増やすことでアルコール性肝疾患の症状を予防・軽減できる可能性があるのではないかと仮説を立て、動物試験を通して有効性とそのメカニズムを調べています。
その結果、
水溶性食物繊維を食べさせたアルコール性肝疾患マウスでは症状が軽減されたこと
腸内細菌叢を調べたところ、Bacteroides acidifaciensの増加が確認されたこと
腸管代謝物を見ると脱抱合胆汁酸が増えており、これが肝臓オルニチンアミノトランスフェラーゼ発現を高めてアンモニアの解毒を促していること
を明らかにしています。
ちょっと気になるのが、与えた食物繊維の情報がすぐに見つけられなかったことです。
見つけられた人がいましたら是非教えてください。
腸内細菌叢でのトリプトファン代謝を食物繊維で制御する Nature Microbiology誌
3本目は、食物繊維摂取により腸内細菌叢でのトリプトファン代謝動態が変わり、有益な代謝物が増えることを示した論文。
タイトルは
Dietary fibre directs microbial tryptophan metabolism via metabolic interactions in the gut microbiota
https://www.nature.com/articles/s41564-024-01737-3
トリプトファンが腸内細菌によって様々なインドール性代謝物(インドール乳酸、インドール酢酸、など)に変換され、宿主の健康維持などに貢献しているという論文はここ数年一気に増えています。
一方で、慢性腎臓病に関わるといわれているインドールもトリプトファンの腸内細菌代謝物であり、トリプトファン代謝物すべてが宿主にとっていいものというわけでもありません。
そのため、「宿主に有益なトリプトファン代謝物が多く作られる腸内細菌叢の特徴とそれに近づく方法」が明らかにされる必要があり、この論文ではその解明に取り組んでいます。
この論文で面白かったのは、
「トリプトファン代謝物のプロファイルは、酵素を持つ細菌の組成ではなく、酵素を持つ細菌の遺伝子発現調節が行われることで変化する」
という点です。
すなわち、トリプトファンは異なる代謝遺伝子を持つ細菌が中間体を受け渡しながら代謝されており、その代謝動態は細菌の代謝酵素の遺伝子発現によって制御されている、ということを明らかにしています。
そしてこの論文では、食物繊維を適切に摂取することにより、トリプトファン代謝遺伝子を持つ細菌の遺伝子発現変動が誘導され、細菌叢全体として有益なトリプトファン代謝物が作られるようになる、と結論付けています。
一般的に細菌の存在割合で議論される腸内細菌叢と代謝物の関連ですが、今後の研究では細菌の遺伝子発現を制御する因子の影響まで考慮する必要が出てくるかもしれません。
食物繊維やプロバイオ摂取による、短鎖脂肪酸産生を予測する Nature Microbology誌
4本目は、食物繊維やプロバイオテクスを摂取した際に、腸内で作られる酢酸、プロピオン酸、酪酸などの腸内細菌由来短鎖脂肪酸の特徴を、一人一人予測できるモデルを開発したという論文。
タイトルは
Microbial community-scale metabolic modelling predicts personalized short-chain fatty acid production profiles in the human gut
https://www.nature.com/articles/s41564-024-01728-4
短鎖脂肪酸は言わずと知れた腸内細菌由来代謝物群の代表格で、大腸上皮細胞のエネルギー源として使われるだけでなく、免疫細胞の分化や機能変化、迷走神経を介した脳へのシグナル伝達、エネルギー代謝制御など、様々な場面で活躍している代謝物です。
しかし、腸内細菌叢が主に産生しているため、短鎖脂肪酸の分泌プロファイルについては個人の細菌叢組成に依存しており個人差が大きく、正確に予測するのは困難であったようです。
この論文では、事前に細菌の系統樹や遺伝子情報を整理した「MCMM」というモデルを構築し、そこに糞便細菌叢解析や糞便培養ex vivo実験から得られた細菌叢データと代謝物データを追加することで、短鎖脂肪酸を予測できるモデルの構築に成功しているようです。
しかもこの論文はこのモデルを使い、食物繊維やビフィズス菌などのプレバイオテクスやプロバイオテクスを摂取した際に、一人一人の短鎖脂肪酸産生がどのように変化するかを予測することにも成功しています。
実際にヒトにプレ/プロバイオを摂取してもらった介入試験の結果を使用して、モデルの精度や有用性を確認しています。
この論文はいわゆる「個別化栄養」を実装した論文です。現在一部アカデミアや食品メーカーなどが個別化栄養の実現などに取り組んでいますが、本論文のような先行事例から学ぶことは多いのかもしれません。
終わりに
今回は、食物繊維に関連する論文で、最近個人的に面白かった4報を紹介しました。
食物繊維が健康に大きく関わっていることはだいぶ広く知られてきている一方で、腸内細菌叢とのかかわりや繊維形態そのものが持つ機能についてはかなりディープな世界があるように感じられます。
食品メーカー研究員としても、食物繊維に関する最新の動向は追いかけていきたいと思います。
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