企業の研究開発:事業視点が入りすぎた研究計画・失敗のあるある

(スポンサーリンク)

※ 当サイトではアフィリエイト広告を利用しています

食品会社で研究開発をしている「とうや」と申します。

これまで、主にお客様の健康をサポートする食品やその原料の開発を行ってきました。

その中で私は企業に所属する研究開発者として、基礎研究からヒトを対象とする研究まで幅広い業務に携わり、実際に機能性表示食品として世の中に商品を出す仕事をしていました。

この仕事は人々の健康に携わるため、研究はもちろん科学に忠実に行い、適切な方法で適切なエビデンスを作らなくてはいけません。このような姿勢が結果として、本当に良いものをお客様に提供するという形で、多くの方々の健康をサポートできることにつながると考えています。イチ研究者としては、この研究倫理に基づいた考え方で行動するのが普通でしょう。

しかし、企業に所属するのは研究者だけなく様々な立場の人たちが所属しており、一人ひとり重きを置いている価値観は異なります。わかりやすい例では、事業部門に所属する事業担当者や営業担当者は、「売上を上げること、収益を伸ばすこと」が価値観の中心にあります。

企業では研究開発者はむしろマイノリティに属します。そのため企業で研究を行う際には、他の部門に所属する人たちの価値観や考え方を理解しながら、適切な交渉やコミュニケーションをとりながらサイエンスを生かしていくことが求められます。

しかしこれが本当に難しい。

例えば、事業部門が健康食品の売り上げを伸ばすための施策として、「このようなエビデンスがあれば売り上げを伸ばす事業計画が立てられる」と考えます。そこで、その施策案と要望を研究開発部門に伝えるのですが、研究者の立場からすると「これはいろいろキツイな」と思わざるを得ないような内容だったりします。

研究の立場からすると「これは無理です」と返したくなることもしばしばです。

しかし、事業部門の担当者は研究が専門ではないので、依頼内容の研究的な難しさは理解できません。そのような立場で研究部門から「これは無理です」と突き返されるのは良い気分ではありません。

一方で、研究部門が事業部門の要望をすべてを受け入れてしまうと、いわゆる「無理な研究計画」が出来上がり、研究がうまくいかないどころか、その結果として誰も得をしない状況に陥ってしまうリスクが高まります。このような状況は何としても避けなくてはいけません。

私自身も近い経験は何度もしてきており、そのたびに様々な苦労をしてきました。そしてこのような苦労は、多くの企業研究者を悩ませているはずだと私は確信しています。

そこでこの記事では、事業視点が入りすぎて研究がうまくいかなかった私の経験(一部加工しています)を書き起こすことで、読者の方へ同じような経験を回避するためのヒントを提供できればと思っております。

おことわり

こちらの記載内容は、著者の経験を一部加工したものです。フィクションとしてお楽しみください。

またこの記事では、主にヒトを対象とする研究(主に介入試験)を計画・実施した際に私が経験したことを中心に記載します。

(スポンサーリンク)

目次

事業視点が入りすぎた研究計画・失敗のあるある

とにかく研究を早く終わらせてほしいと指示される。

これは、事業部門のスピード感で研究ができると勘違いされていることが理由で生じます。特に食品業界の商品開発サイクルは非常に速く、特にBtoCの場合およそ半年に1回新商品を出すようなペースです。

研究開発がこのスピード感についていくのは基本的に無理なのに、このスピード感で成果を出してくれないと困るといわれることもありますね。

ほしい結果が事前に決まっている(=ほしい結果以外は受け付けないといわれる)。

当然自社や事業に貢献する結果が欲しいのはわかるのですが、仮説が外れた時のことはあまり考えてくれません(考えてくれる事業担当者は優しい)。

研究側が仮説通り結果が出ないことを説明しても納得してもらえない。

もしくは、その時は納得してもらっても、少し時が経つと試験が必ず成功することになっている。

事業には様々な部門や人がかかわる準備が他にもあるため、失敗する前提で事業計画なんて組めません。研究部門としてもその点は理解しているし、試験が成功するよう最善を尽くしています。でも、仮説が外れるリスクの説明くらいはさせてほしいな~といつも思っています。

介入品の規格(形態、有効成分の摂取量など)が、コストやビジネスプランだけで決められる。

研究側が先行知見をもとに有効摂取量や製品形態の案を示しても、コストやビジネスプランに合わない場合は採用されないことも少なくありません(特に科学的根拠はないが、コストを抑えたいので低用量にしてくれ、みたいなイメージ)。

これについては、折衷案に落ち着くことはあまりなく、ビジネスプランに押し切られることが多い印象です。

予備試験をせずに、いきなり本試験を指示される。

事業部門が単純に急いでいるのが理由のことが多いです。

「容量設定試験→本試験」なんて悠長なことは言ってられないので、一発ですべてを決めてほしいと要望されます。

研究者としては「急がば回れ。まずは小規模試験で容量設定の根拠を調べましょう。最終的にはその方が成功確率上がります。」と伝えるのですが、「それじゃ遅い」の一言で片づけられたことも過去にはありました。

試験計画確定後や試験開始後に「ビジネスプランが変わったから試験内容を変えてほしい」と指示される。

事業部門や経営陣の考えが突然変わるなんてよくあります。

ただ申し訳ないですが、その内容を計画確定後や試験開始後には反映できません、ごめんなさい。でも、できないと研究部門が怒られるんですよね。でも試験は止められない。実はこの状況が一番地獄かもしれないです。

結果が確定した後に、自社に都合のいい解釈ができないかと様々な提案を受ける(あるいは結果がイマイチな時に研究部門が忖度してしまう)。

これはいろんなところで近い状況を耳にします。研究者としてはマジで研究倫理との闘いです。

私は何とか研究倫理を守れていますが、社風や圧力に負けてしまう人もいるかもしれないな~と思うことも少なくありません。

試験終了後には、その介入品から関心が遠ざかっている。

ビジネスの移ろいは本当に速いです。試験結果が出る頃にはその出口となるビジネスの話が終了していることもあります。食品(特にBtoC製品)はこの傾向が強いかもしれませんね。この研究はどこへ消えていくのか…

実は研究成果の中身以上に、公開のタイミングが大事だったりする。

結局、事業目線では「成果の中身より公開のタイミング」が重要らしいです。なので、成果公開が事業計画から遅れることは「約束守れないことと同義」と言い切る人も過去に居ました。

もちろん研究者も計画段階でスケジュールの逆算はしますし、リスクヘッジもたくさん考えています。でも、相手や参加者がかかわることなので、予想外の遅延だって十分にあるのは理解してほしいです。

ちなみに私も「遅れるなら、結果に関わらず失敗と同義です」とまで言われたことがあります…

よくある失敗

そもそも始められない。

試験開始前にいろいろ折り合いがつかず、研究・試験が始められないこともよくあります。ただ、事業担当に主導権があるので、遅れた原因を研究側押し付けられたシーンも見たことがあります。

科学的妥当性が低い試験設計になる。

綿密に事前に調査した研究部門の意見よりも、ビジネス上の制限が優先された結果、科学的妥当性が低くなってしまうリスクがあります。当然、そういう試験がうまくいく確率は低いです。

科学的妥当性が低い試験の結果であっても、事業部門の意向に合致する結果なら論文を公開することになる。そこには事業担当者の名前は入らず、研究者の名前のみが世に公開される。

外部から見たら「科学的妥当性の低い試験をしたのは、論文の著者」と認識され、それを指示した人たち(事業部門・経営陣など)は表に出てきません。科学的指摘に対する責任は著者が背負うことになります…(しかも本人の研究者キャリアにも一生ついてきます)。

その論文を読んだ専門家から、SNSなどで様々な指摘が入る。

最近よく見ますね。怖い怖い。

最後に:原因として考えられること(所感)

これまで、私の経験を一部加工して紹介してきましたが、最後にその原因について少し考えてみます。

私としては「事業部門と研究部門のパワーバランスが偏りすぎていること」が大きな原因であると考えています。

企業の多くが事業会社である以上、事業部門の意見が強いことは仕方がないです。売り上げを立てる部門が発言権を持つことは企業では普通ですし、企業研究者としてこの状況はある程度は許容すべきです。

しかし、研究部門とのパワーバランスがあまりにも悪いと、非科学的な内容が研究計画に強く反映されてしまうリスクが高まります。この理由は単純に、パワーバランスが悪すぎて研究部門が押し返しきれないというものです。

じゃあどうしたらいいのか?

それは、私も正直手探り中です。

会社の昔からの社風、役員間のパワーバランスや研究開発部門長の発言力の強さ、などなど、イチ研究員ではどうしようもないところに原因が潜んでいる可能性も高いです。

この記事の中で解決策を示せないのは拍子抜けですしとても申し訳ないのですが、今後私なりに様々な工夫を凝らしながら、企業の中で研究部門が適切に事業部門と関係を築いていきたいと考えています。

(スポンサーリンク)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

食品メーカー研究職。
修士卒→食品メーカー(この間、社会人博士取得)→2023年に研究職で転職。
専門は質量分析・オミクスを使った研究/発言は個人的見解です
Twitter:https://twitter.com/NzXyZQDOCMpLgz5

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次